スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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KO感覚と医学的背景(1/2) 藤原あらし & Dr.F 

 格闘技・武道を医学的観点から研究する格闘技医学会。その主宰者であるDr.Fが、イサミと共同開発した「KO養成サンドバッグ」(以下、KOバッグ)が人気を博しており、国内はもちろん欧米やアジア等各国から喜びの声が届いている。倒す打撃技術習得に特化したKOバッグはさらなる進化を遂げ、「KOバッグ・エクストラ」(以下、エクストラ)が開発された。

 

・KOの原理とは?

・人体の理解と技術のレベルアップの関係は?

・パワー偏重主義の弊害とは?

・一流選手の思考の秘密とは?

 

 今回は、Dr.Fにその改良点と機能性について詳しく解説をしてもらうと共に、全日本バンタム級やWBCムエタイ等のタイトルを獲得、現在も日本人でありながらムエタイの殿堂ルンピニースタジアムでランキング入りした名選手・藤原あらしを迎え、実際に使用してもらった上で、その感触と有用性について意見を聞いた。(ISAMI)

 

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対人競技では、人体の理解が大きな差になる

 

【解剖学とコースの習得】

 「KOバッグ」の特徴は「携帯できる」という利便性、そして「KO技術の養成」という点にある。頚部から上の部分に当てて倒すメカニズムは、「外力でいかに脳を急速に回転させるか」にかかっている。自分で首を速く振っても絶対に倒れないが、打撃で本人が意図しない方向に外力を加えることで脳は大きく揺れる。これが脳震盪を引き起こす医学的なメカニズムだ。

 さらにその揺らすポイントは頸椎の構造にある。頸椎は7つあるが、一番上の骨は環椎(かんつい)という文字通りリングのような輪の形の骨で、二番目の突起をもった軸椎(じくつい)と環軸関節(かんじくかんせつ)と呼ばれる関節を形成している。頭部を倒す運動や回旋させる運動は、この環軸関節が中心となる。構造上、環軸関節の中心部に向かって打撃が当たっても、頭部は軸ごとまっすぐ後ろに変位するだけで脳は思ったほど揺れない。脳を揺らすには、当たった瞬間、中心軸から外れた方向に外力を伝えなければならない。

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環軸関節の中心部に向かう打撃ではKOできない

「まずは解剖学的位置を理解した上での、打撃のコースが大切です。」(Dr.F)

 

とKOの医学的背景を語る。

 

【スピードを殺さない】

 そして、次に大切なのがスピード。正しいコースでも、ゆっくりとした打撃ではKOは生まれにくい。当たった直後に頭部を急速回転させるべく、MAXスピードを生み出さなければならない。従来のヘビーバッグやミットの練習では、打撃が当たった瞬間、「スピードがゼロになってしまう」弊害があった。

 

 「いちばんスピードが欲しいフェーズでゼロになってしまうことも問題ですが、それに気がつかないまま『倒せない打撃練習』をやりこんでしまい、もっと強く、もっと強く、となってしまって、身体を壊してしまう選手がたくさんいる。それは非常に大きな問題です。」(Dr.F)

 

と彼は憂慮する。「KOバッグ」「KOバッグエクストラ」は当たった瞬間のスピードをMAXにして振り抜くことができる。さらに、振り抜いてすぐ引いてくることもできる。さらに、これらはMAXスピードでヒットすると、「くの字」に曲がる特徴を持つ。KOにつながる技かどうか、ヴィジュアル的に確認することができるのだ。

 日本初の「変形するサンドバッグ」を実際に蹴ってみた藤原も、ヘビーバッグとの大きな違いに気付いた。

 

「これだとインパクトを確認できますから、僕はハイキックの練習に役立てたいですね。ミドル以上に、ハイキックは瞬間的なインパクトが大切なので。ヘビーバッグだと重いのでどうしても膝を曲げておいて伸ばす、「蹴り負けない動き」になってしまう。無意識に『ヘビーバッグを押す動作』が入ってしまいます。押している打撃と、KOできる瞬間的なインパクトとは違うんです。膝を伸ばした瞬間にあたる時の方が、当たっている面積が小さく、接している時間が短い分、ダメージとして伝わるんです。」(藤原)

 

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あらゆる技術を試した藤原あらし

 

「ヘビーバッグの利点はパワーアップにあります。重い分、蹴った時の反作用によってエキセントリックな収縮が発生しパワーがつく。その意義は十分にあります。試合は、パワーを持った同士が競う場だから、今度は針を通すような繊細さが武器になる。」(Dr.F)

 

力強さと繊細さーーーそれは藤原が戦う軽量級の世界ではなおさらだ。

 

 足に伝わる反作用の重さゆえに、蹴り応えを感じて「この蹴りなら絶対に効かせられるな」と過信してしまうこともある。しかしながら、「重さ」と「効かせるインパクト」は必ずしもイコールではない。技を強化するために基礎体力を上げる時期も必要だが、試合直前に重いものを無理して蹴ることで、怪我をしてしまうこともよくある。格闘技ドクターとして知られるDr.Fはそのような症例にさんざん直面してきている。

 

【KOの解剖学 -下段-】

 経験則だけではなく、医学の立場から「倒せる技」を検証するのがDr.Fおよび格闘技医学会。世界中で行われているFightologyツアーでは、CTスキャンやレントゲンの写真を用いて人体構造を解説する。それにより、競技者にリアルなイメージをもってもらうのだ。

「例えば、大腿骨は太腿のど真ん中にある、と思われがちですが、実際は股関節から後方、および外側に走っているんです。それから内側に向かって伸びて、膝関節に近づくにつれて前方に走っています。

 解剖学を知り、骨、筋肉、靱帯、神経などの関係性を知ると、どこをどのように蹴ったら効くか、を理解できます。ローキックを何発蹴っても倒せない人と、一発で効かせて倒せる人では蹴っている場所も違うし、蹴る時の意識も違います。解剖を知ることで確信をもって蹴ることができる、というわけですね!」(Dr.F)

 

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CT画像で構造を理解し、KOイメージを明確にする

 構造をリアルにイメージできたら次は当て方。効かせるには、自分の蹴り足の骨で靭帯や骨膜といった痛点が多い個所を、自分の骨と相手の骨で挟み込むように蹴る。そのエリアは非常に狭いため、点で狙う。当てる部位も点で当てる。「点と点を合わせる感覚」を、実際の相手で試し、それをKOバッグでさらに試す。

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自分の骨と相手の骨で、相手の痛点の多い領域を挟み込む

「何となく蹴る」「面と面が当たる」という打撃ではなかなか倒せない。

 

「ローで倒れるときは、意識があります。顔面との違いですね。ローで倒れるのは痛いから。どうやって痛覚を刺激するか、がポイントです。それには点で点を蹴る。やたらめったら蹴る練習の前に、バッグの一か所にテープなりでマーキングしておいて、脛でも足の甲でも踵でも、点と点を合わせる練習をするんです。5cm×5cmで当たる蹴りと、1cm×1cmで当たる蹴りは、理論上は25倍の差がある。ということになりますから。」(Dr.F)

 

【KOの解剖学 ーボディー】

 さらにボディーでのKOの場合。ローと同様、痛みで倒れるのだが、痛みの種類は全く異なり、「内臓痛」で倒れる。腹部には腹膜を支配している感覚神経群がある。そこに刺激が入力されると、腹部全体が「どよーん」と重くなって動けなくなる。

「ハッキリしない苦しい鈍痛」がボディーでのKOで正体だ。そして、内臓は強固な腹筋群に守られている。腹筋群のバリアをいかに解除して刺激を到達させるか、がボディーKO最大のポイントだ。硬い物をぶつけると腹筋群も反応して強く収縮してしまい、内臓を包む腹膜まで衝撃は届かない。

 拳でも前蹴りでも膝蹴りでも同じこと。そこで、当たった時には柔らかく、中の腹膜に衝撃が到達した深さで硬くする。これで効果的に効かせられる。「KOバッグ」「エクストラ」を中段の高さにセットし、パンチなら拳がバッグにフィットした時は拳を握り込まずに柔らかく当てて、バッグの中心あたりに拳が到達したタイミングで初めて強く握る。膝蹴りや前蹴りも極力柔らかく当てて、その後にグッと硬くする。打撃を硬く当てると向こう側まで動いてしまうが、「柔らかい→硬い」がボディーKOの秘訣なのだ。

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あたる瞬間は柔らかく

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腹筋群の収縮を極力防いで、刺激を内部に到達される

 

 【パワーとインパクト】

 とにかくバンバン蹴り込んで、ウエイトトレーニングして筋肉をつけて重い蹴り、強い蹴りを求める。

 

「もちろんそれも大事なことです。競技をやる以上、『器を大きくしていくキャパシティーの拡大』の必要はあります。同時に、ひとつだけの方向性には必ず限界が来る。限界を感じている競技者には、『器の中身を凝縮する』作業が有効かも知れませんね。」(Dr.F)

 

 このパラダイムの変換をDr.Fは推奨する。

 

 タイの名門、ポープラムックジムで練習した経験を持つ藤原も、「タイでは重くて硬いバッグを見たことが無い、蹴ったら曲がるようなバッグだけしかなかった」と回想する。そして練習の目的もやはりインパクトを重要視したものが主だった。

 

 「膝蹴りにしてもミドルにしても一発入れたら、くの字型に曲がる。そうやってインパクトを意識する練習でした。ドシーンと押すように蹴ってしまうと、くの字型にならないで、バッグごと大きく振られてしまう。僕の中で一番良いミドルというのは、ヘビーバッグにミドルを入れたら、蹴り足を引いた時にまだ蹴ってへこんだ部分が残っているようなもの。面で当たっちゃうとふっ飛んでしまうだけです。」(藤原)

 

 サンドバッグが大きく揺れるのは必ずしも良い技が入ったわけではないのだ。体重制で行われるムエタイであるがゆえ、そして藤原も軽量級戦線で戦う選手だということで、早い段階でその違いに気づき、パラダイムシフトを行った。結果、実力発揮に繋がっている。(2へ続く)

藤原あらし(ふじはら・あらし)

K-1でも活躍した新田明臣率いる、バンゲリングベイ所属。全日本やWPMF世界、WBCムエタイをはじめとしたバンタム級各タイトルをはじめ、日本キック界において無類の強さを誇る藤原あらし。ムエタイの殿堂、ルンピニーでのランキング入りを果たし、ルンピニースタジアム認定スーパーバンタム級タイトルにも挑んだ。現役選手にして達人的技術を併せ持つ、日本格闘技の歴史の中でも、屈指のテクニシャンである。

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KOバックエクストラ(ISAMI&格闘技医学会共同開発)

isamishop.com

KOバッグ動画 (クエストKOの解剖学シリーズより)

監修:格闘技医学会

協力:イサミ バンゲリングベイ クエス

出典:Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

 

 格闘技医学 第2版

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societyoffightingmedicine.hatenadiary.com

中井祐樹 vs Dr.F パイオニア対談 第1回:どうしたら強くなれるのか? その発想と指導法

 格闘技医学の開拓者 ”Dr. F”こと、二重作拓也が、格闘技界の生きる伝説・中井祐樹と「いかに上達するか」をテーマに指導と医学という2つの立場からスパーリングセッション形式の対談を行った。

 

・哲学のぶつかり合い、MMA

中井祐樹が衝撃を受けた「時間の区切り方」とは?

・クロストレーニングで開く扉

・格闘技、2つの入り口とは?

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2人を繋いだのは、プリンスの音楽だった。

ーーまずはお二人の繋がりから教えてください。

 

Dr.F「実は、僕たちはロックミュージシャンのプリンスのファンなんです(笑)。もちろん、中井先生のことはバーリトゥード・ジャパン・オープンの頃から存じていましたし、尊敬する大好きな格闘家だったのですが、SNSを通じてプリンスのファンだということを知って、メッセージをお送りしたことから交流が始まったんです。」

 

中井「もちろん、僕も二重作先生のことは格闘技雑誌の連載を通じて存じていました。そこに書かれていた"時間が変わると、やることが変わる"という先生の言葉に感銘を受けて、いつかはお会いしたいと思っていたところSNSでご連絡をいただいて、プリンスのファンと知ったときは、さすがに親近感が湧きました(笑)。」

 

――中井先生は日本ブラジリアン柔術連盟の代表を務めているなど、日本のグラップリング界を代表する方ですが、二重作先生もドクターである一方、空手家であるという側面も持っていらっしゃいます。競技によって携わる人の性格や性質が違うとよく言いますが、初めて会ったときに、お二人はそれを感じましたが?

 

中井「僕は、競技性の違いというのは特に感じることなく、逆に雑誌で拝見していたイメージどおりの方なんだなとうれしく思いました。」

 

 Dr.F「実は、僕は、感じたんです(笑)。打撃系格闘技の団体は、分裂が多いのは読者の多くの方がご存じのとおりですが、パンチを出すときというは、肘関節が伸展して、肩関節が屈曲する、いわゆる"お前来るなよ"というジェスチャーなんです(笑)。これがグラップリングとなると、肘関節、肩関節とも屈曲させて相手を引き寄せ、距離を一度ゼロにしないと競技が成りたたないんです。柔術レスリングなど、グラップリングの方たちが競技を超えて交流しているのは、こういったところからも来ているのかもしれませんね。」

 

中井「それを言うとMMAは、生き方のぶつかり合いなんですよ。相手と、お前の土俵なんかに付き合わないぞ、ということを前提とするので、けっこう哲学的なぶつかり合いでもあるんです。」

 

Dr. F「ああそうか! 理念と理念がぶつかり合うわけですね。」

 

中井「だから、絶対的な攻撃の手法なんてないんですね。投げるのが上手くても、相手に寝技を取られてしまうし、組み付きの上手いヤツは、逆に打撃を恐れると弱点も出て来るし……という、じゃんけんぽんが複雑に絡み合っているような状態なんですね。強くても、必ずどこかに穴はあるんです。叩く、押さえる、決める、仕留めるといった幅のある動きのなかで、自分の土俵を生かしながら、相手の穴を突くというのがMMAなんです。 おもしろいのは、一芸を極めている選手が、すべての技術をバランスよく身に付けている選手に勝つ可能性があるというところなんですね。」

 

Dr. F「たしかに、そういったことは空手にもあります。下段回し蹴りや上段回し蹴りといった、強力な技をひとつ持っている選手が勝ち上がって優勝をさらってしまったということが、全日本の歴史でもありました。」

 

中井「MMAは、UFCが象徴するように、今はアメリカが主戦場になっていて、トレーニングに関する研究もかなり盛んになっているんです。例えばランニングに関しても、短距離も、中距離も、長距離も必要だということが分かって、あとはそれをどの配合で行うのが一番鍛えることができるのか、専門誌なんかにも書いてあるんですね。

 専門誌といえば、僕は以前、二重作先生が雑誌で書いていらした"時間が変わると、やることが変わる。時間で区切った練習にすごく意味があるんだ"という言葉に衝撃を受けたんですよ。

 というのは、時間が変わると競技って変わってしまうじゃないですか? それを寝技文化の人たちはあまりにも軽視していて、練習量がすべてを決定するという意識があって、練習時間がべらぼうに長いんですね。なんとなく、量をやることが練習だと考えているところがあって(笑)。

 でも、1時間も2時間も試合することってないでしょ、ということなんですね。「この練習で体を作っても、試合とまったく違うことをやっている可能性があるかもしれないんですよ」というのを、ずっとぼやっと頭の中にあったので、それを先生の雑誌の中の言葉で再確認しました。」

 

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3分を3分と捉えるか、1分を3回と認識するか、戦いを30秒で終わらせるか。時間の捉え方でやるべきことが変わってくる。

Dr. F「その話はおそらく、試合前に、『前回の試合ではキックミットを10ラウンドやったので、次の試合はタイトルマッチなので12ラウンドに増やします。』という方法が、本当に効果があるのか、ということについてだったと思うんです。

 人間は、12ラウンドやると決めたら、12ラウンド用の動きを脳が決定してしまうので、運動強度としては、『12ラウンド動けるように動いてしまう』んですね。であれば、10ラウンドだよと騙しておいて、プラス2ラウンドするのが本来の効果を狙ったトレーニングなんです。運動の量だと分子だけですよね?分母で割ってあげないと、本当の数字って出てこないんです。たとえば、ひとつのトーナメントでベスト8に3人入賞したといっても、ある団体はたくさんの選手がエントリーしていて、もう一方の団体は5人しか出場していないとしたら、分子は同じでも分母はまったく違うわけです。そうなるとなると見た目と実質、いわば価値自体が異なってくるんですね。

 ただ、量をたくさんする練習というのは悪いわけではありません。試合に勝つ、チャンピオンになるというのは"淘汰"ですから、たくさん練習ができる選手というのは、それだけで淘汰に生き残った存在なんです。

 ただ、ひとつだけ忘れていけないのは、現役の時代というのはタイムリミットがあるということなんです。そうした猛稽古をして残った選手というのは、もともと体が強かった、また選んだ競技にフィットしていた、という可能性がありませんか?」

 

中井「ありますね。」

 

Dr. F「たまたま、その人が柔術をやる、空手をやる、テコンドーをやる。それで、その競技にぴったりだったんですよ。骨格なり、手足の長さなり、性格なり……。たとえば、ものすごく温和な人が、相手に襲いかかって倒れるまで殴り続けるって、できないんですよ。僕は "格闘技の入り口" というのが2つあると思っているんですが、まずひとつが "強い人の入り口" で、もともとケンカ上等で強い人で、そういった人は勉強や芸術の道に進むよりも、格闘技の道へ進んでエンジンをフル回転させて、才能もチャンスもすべて自己表現につなげることができると思うんです。

 もうひとつは "弱い人の入り口" なんですが、とにかく人にいじめられるとか、ケンカをふっかけられるとか、かまわれるのがイヤなんです。そういう人にとっては、自分の自由を守ることが格闘技で、相手をKOするとか、首を絞めて気絶させるというところにあまり価値観を置いていないんですね。この2つの入り口から入る人たちは、全く真逆の存在で、両者にとって格闘技は、まったく違うものに見えると思うんです。これは僕の個人的な考えなんですが、中井先生はどう思われますか?」

 

中井「もちろん、そういった面はあると思います。だから、僕は、弱い人たちにとって格闘技が開かれたものであってほしい、と願ってきましたし、おそらく総合格闘技のジムで "初級クラス" というのを作ったのは、日本で僕が初めてだと思うんです。佐山(聡)先生は当時、強い選手を教えるために指導していていらっしゃったと思うんですが(笑)、僕が入門した頃は、練習生各自がサンドバッグとかを叩いているときにアドバイスするような感じで、やっと "スクーリング" といって、コーチが教えますというクラス制の時間が週二回できたころだったんです。それを毎日にしたのが、僕だったんです!」

 

Dr.F「総合格闘技・初級クラスの生みの親だったんですね!」

 

中井「そうなんです!技のメカニズムをかみ砕いて教えていって、まずは楽しんでもらおうというのが主旨だったんですが、そのうち練習生にも個性が出てきて、殴るのは好きじゃないけれど、関節の方が好きだな、とか、自分に合ったものを見つけやすい環境にもなったと思います。それは今もあって、総合格闘技という技の幅が広い競技のなかで、俺は組み技が好きだなという人は、さらに、道着の方がゆっくり考えられるし、グラップリングは滑るから体力いるし……、とか、生徒もいろんな観点で格闘技と接し、道を選ぶことができる環境を整えておかなければとは思っているんです。」

 

Dr. F「とうぜん、組み技よりも打撃の方が好きという生徒だって、出て来るでしょうしね。」

 

中井「そうそう、だからキックのジムとか、いろいろなところと協力体制を作り、生徒が打撃をやりたいというときに、知ってるところがあるぞ、行ってこい! って言えるような、相互に練習できるようなシステムを敷いているんです。全人的な教育でありたいという意識はあって、子供たちにも相撲を取らせたり、レスリングをやらせたり、道着を着させて柔道やったり、また足を触ってもいいサンボをやらせたり、引込んでもいい柔術をやらせたりするんです。そのなかで、相撲が好きだという子が出てきても、型を付けながらやってみよう、となるとレスリングの方がおもしろいという場合もあるし、最初から引込んで関節を取る柔術がおもしろいという子もいたりする。

 また中学生ぐらいになると個性が出てきて、サンボのように足を触るのは得意じゃないけれど、がっぷり組んで投げるのが得意なヤツが出てきたりするんです。お前、グレコローマンに向いているなぁ、でも中学にグレコはないんだよな……ということもあるんです。こういう適正を見つけることが本当の練習なんじゃないかなとは思っています。だから、先ほど先生がおっしゃったお話は、そのとおりだと思います。」

 

Dr. F「ありがとうごいます!広島に、格闘技医学を含めて指導をさせていただいている道場があるんですが、そこで、子供たちと上段回し蹴りを練習していたときに、一人、なかなか上手く蹴ることができない子がいたんですね。そこで、テーマを胴回し回転蹴りに切り替えたら、その子が一番うまいんです!

 上段回し蹴りというのは、股関節を伸展させた状態から屈曲させた状態に持っていくのが主な動作なんですが、胴回し回転蹴りは屈曲させた状態から伸展させた状態に持っていくので、運動として真逆なんです。

 そのとき、その小学生から僕は、「指導の本質」を学ばせて頂いたんですね。それは、指導者側がどこに光を当ててあげるかが大切で、練習は『上段回し蹴り大会』じゃないのに、そうしているのは指導者の側だったんですよ。違ったことを提示してあげることができれば、上段回し蹴りが不得意な子も伸びていけるし、劣等感を抱くことなく存在感も出していけると思ったんです。」

 

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胴回し回転蹴り 北斗会館・小宮山大介会長(相手:松原道場 松原 吉隆代表)

中井「打撃にも共通しているものがあるんですね。子供たちに向けた幅の広い指導は、実は始めたばかりで、『どの年代にどのくらいの技術を教えれば開花していくのか』というのは、MMAというスポーツを幼少から死ぬまでやりきった人がいないので、わからないこともたくさんあるんです。僕が自信を持って言っているように聞こえるかもしれませんが、本当にわからないことだらけなんです。現実、生徒が試合に負けたりすると、僕の理論は崩壊したのか……なんて気持になることもあるんです(笑)。選手はもっと落ち込んでいるでしょうから、失礼な話になってしまうんですが。

 

 ただ、これをやれば同じ技ができるきっかけとなる、違う技を考えるきっかけとなるとか、ひとつひとつの動きの改善とか、解明していく動きとかを明確にしようと、先生は(格闘技医学に)取り組まれているんだと思いますし、僕は現場で、長年の経験を生かしながら行っていて、例えば、キミはみんなと同じ技をやっているけれど、ちょっと違うよね。それでも成功する可能性はあるけれど、成功しないときに、こちらの型も学ぶ必要があるんだよ、ということを教えてあげることが大切なんじゃないか、これが格闘技がもっている本来の意味なんじゃないか、なと思うんです。」

 

Dr. F「なるほど、成功しないときにどうするか、という視点、とても勉強になります。運動というのは多くの場合、"前提"で成り立っているんです。そしてこれが、その後の動きや成長に影響するんです。たとえば、人間の体は足は2本、手は2本、目は2つ、耳は2つ、左右対称だよね。だから真ん中に軸を取ってパンチやキックを出すのがいいんだよ、と教える方もいらっしゃいますが、解剖学的には心臓も肝臓も片側にしかなくて、人間は決して左右対称ではないんです。

 つまり"人間は対象である"と教えられて練習を続けていく人と、”非対称性もある”ことを知った上で練習する人では、最初の違いが後で大きな差を生んでしまうんじゃないか、と。物事をたくさん知っている必要はないかもしれませんが、新しい知識を入れる、また古い知識を捨て去ることで、脳の中の記憶が変わり、さらに認知が変わりますから、脳の前頭前野で起こる運動のイメージにいい影響を与える可能性があるんですね。」

 

中井「なるほど、興味深いお話です。最近、クロストレーニングという言葉をよく聞くようになりましたが、それでも他のことをやるとマイナスになるという意見を持つ人がたくさんいて、今日、先生とこうしたお話ができて嬉しいです。」

 

Dr. F「ああ、確かに否定される方はまだまだいらっしゃいますね。中井先生は総合格闘家として、また柔術家として幅広く活躍され、いろいろな経験を積まれてきたので、打撃、組み技などそのときの立ち位置によって見え方が違っていらしたでしょうし、言い換えれば、より多くのものを見ていらしたんでしょうね。」

 

中井「僕の発想を分かってもらえないこともあって、時々、さびしさを感じることもあるんですが(笑)ただ、生徒を教えていて、『この思考にとらわれていると、これしかできないよ』と本人に気づかせるようにしてはいますし、それでも本人が気づかないのも人生なので、それはそれでいいと思っているんですが……(笑)。そんな中で、いろんな可能性を持っている人が出てきてくれればと思ってやっています。」

 

Dr. F「こうしてお話を伺っていると、中井先生はパイオニアですね。修斗ブラジリアン柔術と、先駆者としてドアを開けてこられて、空いたドアからは見えないものを見ていらしたし、さまざまな立ち位置から多角的にものを見てきて、その経験から指導されているわけですから。"山の登り方はひとつではない"と言ってもらえるのは、生徒さんにとって救いだと思います。」

 

中井「ありがとうございます。僕は格闘技はルールの違いこそあっても、すべて同じだと思っているんです。どうやって相手に勝つとか、相手に負けなかったとか、良い結果が出るように考えつつ、それを続けていくことも大切だから、ケガをなるべく減らしてとか。さきほどの先生のお話にもあったように選手としての時期は短いですが、今は壮年部というのもありますので、長く続けることもできますし、その人の生活のなかで、どういった比重で格闘技に親しんでいくのかとか。なんとか上手くなって、ボロ勝ちしなくて、相手を一回返せたらいいなとか、それも各人の差があると思いますが、そうしたことを追求していって、よりよい動きを追求していこうという『全身を使った人間学』だと思っているんです。」

 

Dr. F「たしかに直接相手と対峙するという格闘技という競技の中で、喜びや緊張、他の競技ではなかなか味わえない痛みを、競技者同士が互いに共有しながら、それでいて、各人がそれぞれのライフスタイルの中で目標を持てるというのは、素晴らしいことだと思います。今回は、連載『Dr.Fの格闘技医学』で初の試みとなった、中井先生とのスパーリングセッション形式の対談で、指導に関するこんなにも貴重なお話が伺えたのは、本当に感動的です。対談第2回となる次回も、今からものすごく楽しみにしています。」

 

中井祐樹

 北海道出身。パレストラ東京代表。日本ブラジリアン柔術連盟会長。日本修斗協会常任理事。北大在学中に高専柔道の流れを汲む七帝柔道を学び、4年時には七帝戦で団体優勝に輝く。その後上京し、修斗に入門。93年4月にプロデビュー。94年11月、第3代ウェルター級チャンピオンとなった。95年4月、バーリ・トゥード・ジャパンオープン95に出場。最軽量ながら、体重差を乗り越えた歴史的な勝利で準優勝。しかし1回戦のジェラルド・ゴルドー戦で受けたサミングで右目を失明。王座を返上した。その後しばらくは選手活動を停止していたが、96年に柔術家として現役に復帰。98パンアメリカンBJJ選手権茶帯ペナ級優勝。99年7月のムンジアル(柔術世界選手権)より黒帯に昇格し、続く99年10月のブラジレイロでは黒帯ペナ級3位となる快挙を達成した。97年12月、自らの理想を追求するためパレストラ東京を開設する。最新情報は、ツイッター @yuki_nakai1970 

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総合格闘技柔術のパイオニアにして生きる伝説

 

ファイト&ライフより

www.fnlweb.com

 

中井祐樹代表も推薦&モデル出演!Dr.Fの格闘技医学

 

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パンチドランカー(3)パンチドランカーチェックリスト11

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パンチドランカー、予防に勝る治療なし。


 

【パンチドランカーチェックリスト11】

 格闘技医学会では、11項目のパンチドランカーチェックリストを作成し、現場での意識向上にご活用いただいています。これらが大丈夫であれば、パンチドランカーにならないというものではありません。これらの項目に気を配りながら、身体の状態を客観的に評価して欲しいのです。11項目のうち、もし一つでも引っかかるものがあれば、医療機関を受診の上、医師の診断を仰いでください。

 

①物忘れが目立つ             

②集中力が落ちてきた           

③感情的になりやすい、冷静さを欠く    

④相手の動きに対して反応が鈍くなっている

⑤バランスの低下を感じる         

⑥手先が不器用になっている        

⑦手足の震えを感じる           

⑧頭痛がある                  

⑨視力低下や物の見づらさを感じる     

⑩呂律が回りづらくなっている       

⑪相手の軽い攻撃でもダウンしてしまう  

 

 【予防プログラムと選手の覚醒】

 格闘技医学トレーニングでも、パンチドランカー予防を目的としたメニューをつくり積極的にトライしています。キックの英雄・新田明臣選手(2005年K-1MAX準優勝・現バンゲリングベイ代表)が怪我により戦線離脱し、再びK1のリングに戻ってくる前、しばらく勝ちから遠ざかっていた2004年に共同開発したプログラムで、者さんや認知症の患者さんに対するリハビリテーション神経内科的メソッドを格闘技の動きに取り入れたものです。

 

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脳を守る意識が高く、数々の名勝負を残した新田明臣バンゲリングベイ会長

 きっかけは新田選手の「練習のとき眠いし、脳がはっきりしない。なんか集中しきれない状態で練習してしまっているので、負けちゃってる気がするんです。どうしたらいいでしょう?」という相談でした。ただ単にミットを蹴る、サンドバッグを叩く、スパーリングをするという練習ではなく、一定の情報入力をして判断し、反応するトレーニングを行いました。たとえば技に番号をつけて、左ジャブが1、右ストレートが2、左フックが3、右フックが4、左アッパーが5、右アッパーが6というふうにして、僕が1256と言ったらそのコンビネーションを即座に行うトレーニングや、新田選手に目をつぶってもらい、ミットを持った僕はこっそりと立つポジションを変えて、「ハイ!」という合図と共に開眼し、一瞬で距離を計り、パンチやキックを繰り出してもらうトレーニング。また4ケタのアトランダムな数字を伝え、すぐにそれをひっくり返して答えてもらうテストなども試行しました。

 めまぐるしく変化する情報入力に対して、すぐに反応して体を動かす、体だけでも脳だけでもなく、体と脳をリンクさせるのが目的でした。そうすると面白い現象がありました。試合の当日控室で、「ちょっと脳をはっきりさせたいんで、何かメニューをください」とオーダーがあり、そのときに数字をひっくり返すパターンなどの復習をしたのですが、新田選手は苦戦しているメニューに対して、一つもミスすることなく、全部、完璧に遂行したのです。計算問題にしろ、動きにしろ、いつも以上の違う反応の速さと適格性とスピードがあった。その日の新田選手は、リザーブマッチから快進撃を重ね、「K1史上初のリザーブマッチからの決勝戦進出」を果たしました。試合をする前から脳が完全に覚醒した状態でした。試合運びも危ないところがほとんどなく、安心してみていられる試合内容でした。

 パンチドランカー予防のプログラムも、やってどのくらい効果が出るかっていうのは、今のところ実証は不可能です。「やらないよりやったほうがいいじゃないか」という段階ですが、実践者の意識を高めるという意味において必要だと感じています。海外には、スパーリングの後に計算ドリルをやったりして、脳をフル回転させていつもどおりの生活に戻る、スパーリング前に脳をフル回転させて、脳を覚醒させて、集中力を高めてからスパーリングに臨む、そういう工夫をしている選手もいます。

 

 実力が拮抗していると、体力や技術で2倍も3倍も差をつけることが難しくなってきますが、脳については解明されていないことの方が圧倒的に多いため、飛躍のヒントに満ちた領域なのです。

 

Dr.Fの格闘技医学 第2版より

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格闘技・武道インフルエンザ予防と対策2019 試合会場編 & 道場・ジム編

 

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戦う相手は、目に見えるとは限らない。


【格闘技・武道インフルエンザ予防と対策2019 試合会場編 格闘技医学会】

 手洗い、うがいを励行する、マスクを着用する、予防接種を受ける、といった基本的予防策はもちろん、試合会場特有の事情を考慮した対策が必要です。特にハイリスクなのが、観客席、会場入口、トイレ、売店、選手控室などひとの往来が多い場所。選手のみなさんは、極力さけるように気をつけてください。

 

・控室とは別にウォーミングアップスペースをチームで確保する。

・会場入りの時間を少しずらす。

・チームでアルコール消毒スプレーを用意しておく。

ティッシュやペーパータオルを棄てるゴミ袋を統一する(あちらこちらに棄てない)。

・水や食料はあらかじめ多めに買っておく。

・ウォーミングアップ用のミットやビッグミットは、使用者が代わる際にはアルコールをかけてペーパータオルで拭く。

・観客やチーム以外のメンバーとの連絡はスマホ、メッセージ等で行う。

・試合後は呼吸も激しくなるのですぐに人の少ない場所に退避する。

・シャツやタオルを普段より多めに持っていく、汗をかいたらすぐに着替える。

・暖房などで乾燥している場合、濡れたタオルを準備して喉を守る。


【格闘技・武道インフルエンザ予防と対応2019 道場・ジム編 格闘技医学会】

・道場・ジムに使い捨てマスク、ペーパータオル、消毒用アルコールを常備する。

・試合が近い選手は可能な限りマスク着用にて練習に参加する。

・練習前後、休憩時間には全員の手洗い、うがいを励行する。

・ミットやサンドバッグ、ドアノブ、スイッチなどの消毒にはアルコールとペーパータオルを使用する。

・インフルエンザ罹患の可能性のある練習生は出席を禁止する。

・練習中、インフルエンザが疑われる生徒が見つかった場合、ただちに練習を全体としてストップし、保護者および家族に連絡。医療機関への受診を促す。

・練習生の家族内で発症があった場合、指導者と情報を共有する。

・インフルエンザ陽性者が出た場合、学校法に順じ「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日を経過するまで」練習出席を停止する。

・主治医の許可を確認してから練習復帰を許可する。

・指導者がインフルエンザに罹患し、代行指導者がいない場合は道場を一時休止する。 ・指導者は、医学知識と対応をアップデートし道場・ジム内で共有し徹底する。
・流行前の時期に、予防接種を行い重症化を予防する。

 


【一般的な予防マニュアル】
厚生労働省インフルエンザの更新情報をこまめにチェックする。

www.mhlw.go.jp

 

※上記はあくまでリスク軽減のための方法の例であり、

1)感染を完全に防ぐ手段ではないこと、

2)状況により対応に変化が出ること、

3)最新の研究結果により変わること、

4)自己責任で使用されること、

5)症状が出ない不顕性インフルエンザの存在も念頭におき、疑わしきは必ず医療機関に受診すること

6)一般的な予防対策を行った上で参考とすること

 以上を十分ご理解を願います。必ず厚生労働省発表の最新情報をご参照ください。

 

格闘技医学会 安全管理委員会(更新情報はtwitterでも発信中)

twitter.com

関連書籍 Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

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パンチドランカー(2)「打ち合い」は素人でもできる、「もらわない技術」こそ修練の証。

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「脳を守る」意識こそ、一流選手と二流以下の選手の「見えない差」

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・予防の意識が低い指導者に注意!

・脳への衝撃を減らす練習体系とは?

・「打ち合い」は素人でもできる。「もらわない技術」こそ修練の証。

・シャドーは選手の身分証明書

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【パンチドランカー予防の意識】

 格闘技・武道と脳へのダメージ、特にパンチドランカーについての話題になると、このような言葉を耳にすることがあります。

「うちはヘッドギアをつけてるから大丈夫」

「顔面パンチなしのルールだから安全」

「打撃はなく投げだけだがら脳の影響はない」

 コンタクトスポーツである以上、それらの考えは相対的な比較に過ぎません。このルールだから大丈夫、こうしてるから大丈夫、という意識は、「窃盗罪だから殺人より悪くない」というような「比較」に過ぎません。そうではなく、格闘技をやる以上、ルールを問わず脳を守る意識こそ必要なのです。宣伝文句や営業として外に発信するフレーズではなく、「うちは大丈夫だろうか?」「どうやったら減らせるだろうか?」という内省的な意識のことです。

 ボクシングやキックボクシングといった顔面を殴り合う格闘技はもちろん、顔面パンチのないルールのカラテでも、防具着用の拳法であっても、さらには球技であるサッカーやフットボールなどでも、リスクはゼロではない。顔面パンチの禁止されているカラテの大会で、上段蹴りによるKOで脳にダメージが蓄積している場合もありますし、組技格闘技ではパンチこそないですが、投げで脳が激しく揺れることがあります。競技者ではなくとも、毎日ミットをもって選手の打撃を受ければ脳は揺れますし、主にカラテで使用される、人間が隠れてしまうような大きなビックミットでも、持っている方は、ミットの重さと打撃の重さを全身に受けてしまいます。それらの影響が将来的にどう出るかは、調査さえ行われていないのが日本の現状なのです。

 

 【脳が揺れる時間を極力減らす】

 脳のダメージを極力避けながら、強さを目指すにはどうすべきか?

 現実問題として、完全予防というのは難しいかも知れませんが、パーセンテージを低くすることは可能です。その方法の最優先課題として、「脳に衝撃が加わる時間を極力減らす練習体系の確立」を挙げています。

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正道会館・湊谷コーチ。選手生命への意識の高さに溢れた指導が特徴的。

 プロ格闘技や空手の大会で多くの名選手を輩出し続けている、正道会館の湊谷秀文コーチは私が知りうる中でも、もっとも安全と危険に対する意識の高い指導者のひとりです。ガチンコでやるスパーリングのラウンド数は○ラウンドまで、また軽いスパーリ


ングのラウンド数は△ラウンドまで、というように制限をしているそうです。私も直接ご指導をいただいたことがあるのですが、「パンチのときに、ここに頭があったら危ないでしょう」というような言い回しを自然にされるのです。他の多くの指導者が、「こっちの方が強く打てる」というロジックを展開される中、湊谷コーチの選手への愛にあふれたご指導に胸を打たれました。選手が倒れたときにも、真っ先にアクションを起こされる姿も印象的でした。

 

 パンチドランカーになってしまう選手とキャリアが長くともほとんどならない選手がいるということは、意識的にせよ無意識にせよ、ドランカーにならない選手というのは何かしらの方策を取っていた可能性が高いといえるでしょう。練習体系や時間の配分のみならず、ファイトスタイルも大切です。「ディフェンスをせず打ち合い、どつき合いで観客を喜ばせるタイプ」の選手は、脳へのダメージの蓄積が大きくて、「脳」という視点から考えると危険度は大きいといえます。

 普通は、リングを降りてからの人生のほうが長いです。将来を見据えた上で格闘技を捉えていくとすれば、ディフェンスの技術を徹底的に磨く必要がある。やはり脳を守る上でも、選手生命を長くする上でも、選手をリタイヤした後においても、最優先されるべきことだと思います。攻撃は、素人でもできます。選手が選手たる由縁、格闘家が格闘家たる由縁は、「相手の攻撃に対応できるか」だと思います。プロの第一線や世界レベルでやるとなると、ディフェンスの技術が高くないと絶対やれません。「俺は攻撃型だから」と言って、とにかく攻撃の練習ばかりやるのではなくて、やはりディフェンスの時間をちゃんと割くことを意識的に行っていくことが大切だと思います。

同時に、ディフェンスの技術、もらわない技術をもっと評価の対象に挙げるような流れも必要でしょう。ディフェンスと言っても、ガードを固めたり、ブロックするのではなく、「もらわない、食わらない、避ける、外す」を最上位の概念として、ガードやブロックはどうしても避けられないときの保険として二次的なものに位置づけることで、脳のダメージの軽減につながります。

 昇級審査、昇段審査、プロテストなどの評価においても、やはりディフェンスやポジショニングをきちんとちゃんとできる実践者に級や段、帯、ライセンスを授与する。そのためにも指導者側もちゃんとディフェンスを見る目を持たないことには始まりません。

 良いパンチ、良い蹴り、良い関節技、良い投げ技、など攻撃を評価するのは、少し格闘技に詳しい人間なら可能です。経験のある指導側が「もらわない技術」を適切に評価することで、攻防一体の技術のさらなる発展が見込まれます。

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日本人でルンピニーランカーとなった藤原あらし選手。ディフェンスも一流です。

 

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「打ち合い」は素人でもできるが、「もらわない技術」こそ修練の証。

 

【シャドーでわかる脳を守る意識】

 ちなみに選手がディフェンスを意識してるかどうか、それはシャドーで簡単に知ることが可能です。「シャドーをやってみてください」と何のヒントもなしにいきなりシャドーをぽんとやってらうと、攻撃だけのシャドーをやってしまうか、ちゃんとディフェンスやもらわない動きを混ぜるかで、選手のディフェンスに対する意識はもちろん、試合に対するイメージも伝わります。

 シャドーでもディフェンスをきちんとやる選手は、つねに試合を意識したシャドーをやっていますので、シャドーがあたかも試合をしているように見えます。傍目に見ても、「この人は今、脳がフル回転して、イメージをはっきりさせてやっているんだな」とわかります。「もらわないで動く意識」や「ディフェンスの意識」がきちんと自分の技術の中に組み込まれている選手は、クリーンヒットをもらいにくく、実際に練習と試合のギャップも浅いのではないか、と現役選手とのトレーニングを通じで感じます。逆にシャドーでも他の練習でも、攻撃しかやらない選手というのは、まず自分がやられることを想定していません。「相手が目の前にいて試合をしているイメージ」が足りないので、試合と練習の間のギャップが大きく、その結果、ディフェンスもおろそかになってしまう傾向を感じます。

 

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シャドーは選手の身分証明書

 

Dr.Fの格闘技医学 第2版(秀和システム)より

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パンチドランカー(1)~脳の砂漠化・真の恐怖・症状~

【脳の砂漠化】

 

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 格闘技における脳への影響で有名な、パンチドランカー。パンチドランカーとは、慢性的な衝撃を受け続けることで、脳細胞が死んでいく病態のこと。格闘技をやらない人でも、「使わない脳細胞」は必要が無いためどんどん死んでいきます。1990年代までは、「脳細胞の数は年齢と共にどんどん数が減っていき増えることはない」が定説でした。しかしながら2000年にイギリスの神経学者マグワイアが「海馬(記憶に関わるエリア)の脳細胞は成人しても使えば使うほど増える」という研究結果を発表。現在では「使えば使うほど海馬の細胞は増える可能性がある。使わない細胞はどんどん死んでいく」ことがわかっています。

 脳細胞の数は、およそ1千億個。海馬の神経細胞の数は、その1万分の1と言われていますので、脳全体として脳細胞の全体の数は減ってしまいます。脳細胞は、細胞核を取り囲む細胞体と、そこから手足のように伸びた樹状突起シナプスで他の細胞とつながりネットワークを構成しています。脳に慢性的に衝撃を受けると、脳細胞自体が死んでしまい、「繊維」にどんどん置き換わってしまいます。まるで緑と水に囲まれた豊かな森が「砂漠化」していくように・・・。格闘技やコンタクトスポーツで脳に衝撃を受け続けると、脳の細胞が死ぬスピードは極めて速くなる。これもまた、格闘技や武道が内包するリスクのひとつです。

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脳の砂漠化

 

 【パンチドランカー、真の恐怖】

 困ったことに、パンチドランカーの症状は、現役中に出ないケースが多いのです。パンチドランカーの症状がどんどん表に出てくるのは、50歳を過ぎてから。現役中に出てしまっている場合は相当深刻です。20代の若い現役選手同士が、「お前、パンチドランカーじゃないよな、あはは」「僕は大丈夫です」なんて無邪気に笑っていたりしますが、本当に怖いのはあと数十年してから、という話なのです。

  では、なぜ若いときパンチドランカーの症状が出なくて、時が経ってから表出するかというと、若いときは脳細胞の数自体が多いので、多少脳細胞が死んでしまっても、元気な細胞の割合が圧倒的に高いため、症状がほとんどマスクされて表に出てきません。しかしながら、50歳ぐらいになると、普通の人でも使わない脳細胞が減っていくため、今度は脳細胞がなくなったところがどんどん目立ってくるため、と考えられています。

こちらは正常と異常の脳のCT写真ですが、正常は脳の実質がしっかりと詰まっているのに対し、脳の萎縮を伴うCTは、隙間(黒い部分)が多くなっています。

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正常

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脳の萎縮あり

 

【パンチドランカーでみられる症状】

 身体の震える、呂律が回りにくい、バランス感覚が悪い、手先が不器用になった、の喪失、物忘れがひどい、集中力が落ちた、判断力が低下した、感情がコロコロ変わる、うつ的で悲観的、暴力や暴言、攻撃性が強く怒りっぽい、社会性に乏しく幼稚な傾向、性的羞恥心の低下、病的な嫉妬、被害妄想的などなど。

パーキンソン病のような運動障害からシャレにならない精神障害まで、恐ろしい症状のオンパレードです。引退して何十年か経った選手が犯罪を起こしたり、暴力沙汰を起こしたり、ドラッグに手を出したり、元人気選手が自殺したり、という悲しいニュースを耳にします。本人の元々の疾患や素因、環境などの問題もあるとは思いますが、「パンチドランカーの影響」も否定できないでしょう。

 私も、ある有名な打撃系の選手の変容を経験しています。その選手は、身体能力も非常に高く、とても人気もあり、華々しく活躍した看板選手。試合の映像も何度もみて、研究した選手でした。私があるプロ興行のリングドクターのときにも、会場のバックステージに頻繁に顔を出していたのですが、スーツをカッコよく着こなし、とても快活で、全身からエネルギーを発散しているようなポジティブな満ちた魅力的な人でした。

  

 それから10年の歳月を経て、ある大会の会場に行った時のこと。「?」と思わざるを得ない、組合せのおかしな異様な服装で、全身からどんより漂う負のオーラ。知らない人にいきなりボソボソと話しかけてる男性がいました。「誰だろう、この人?危ないなぁ」と思い、少し距離を置いて良く顔をみたら・・・、うつろな眼をした、かつての人気選手でした。「え???」ビックリすると共に、あまりの変貌ぶりに、言葉を失いました。その方の周りには、若手が数名付き添い、周囲と本人に気遣うような状態。全くの別人になってしまった彼との再会に、涙がこぼれました。

 他にも、うつ状態になって自殺に至った有名選手や、現在もドランカー症状に悩まされる元ファイター、一方的な決めつけですぐに激怒し、怒鳴りつけたり暴行を行うような易怒性(いどせい)のある指導者の話も耳にします。パンチドランカーは、現役中にはわからない。現役が終わって何十年かして嫌なお土産として選手に降りかかるシャレにならない「パンドラ」の箱。だからこそ、現役中の過ごし方と、指導的立場の方の姿勢、そして正しい医学的知識の有無が大きく影響します。

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パンドラ、の箱

パンチドランカー(2)偽物の指導者、本物の指導者

パンチドランカー(2)偽物の指導者、本物の指導者 - 格闘技医学会 Society Of Fighting Medicine

 

Dr.Fの格闘技医学(秀和システム)より

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戦うナース VS 格闘技ドクター 正道会館・納江幸利支部長とDr.F(2/2)

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脳震盪を甘く見てはいけない

 

―――確かに、あの勢いは誰も止められなかったですね。

 

Dr.F ピンポイントの打撃に対して打たれ弱かったとはいえ、リングよりも圧倒的に広いフィールドで、超巨体で走り回った運動経験がありますからね。納江支部長は、ご自身の練習や御指導において、他のジャンルからのノウハウを生かす、ということはございますか?

 

納江 本当にラグビー選手のフィジカルは凄いと思います。ラグビー選手とは喧嘩しない様に!って思ってましたから(笑)僕自身は、みんな驚かれるんですがスポーツの経験は殆ど無いんです。中学生の時はテニス部を半年で辞め、高校の時はサッカー部を1週間て辞めましたから(笑)唯一継続しているのがカラテだけなんですけど、運動神経は悪い方では無いと思います。

 経験は無いですけど、僕が現役の頃は勿論、今もですが空手に活かす専門のトレーニングの本などが殆ど無い様な状態でしたので、陸上やフィジカルトレーニング、ウェイトリフティングなどの本を読んで、筋肉の付け方や栄養の取り方など色々試しながら稽古をしていました。1番参考にしていたのは格闘技雑誌の記事で、有名選手の稽古方法などを真似していました。

 

Dr.F ラグビー部のお話、よくわかります(笑)あの強靭さは半端ないですよね。当時、複数相手のトレーニングやラグビー部の選手に教えてもらったタックル練習を道場に導入したのを覚えています。おっしゃるとおり、納江支部長や僕らの世代は特に、今ほど練習方法が確立していなかったですし、今のようにインターネットでトップ選手の練習が無料で見られる環境ではなかったですから、その分、貪欲に強くなるための情報を漁っていた、という側面はあるかも知れないですね!

   一方で、納江支部長は、看護師でもいらっしゃいます。医学を学んだり、実際に患者様と接する中で、格闘技や武道の世界とのギャップを感じられることはございますか?

 

【感染の恐ろしさ】

納江 医療の世界では「スタンダードプリコーション」という考え方が有りまして、「患者の汗を除く分泌物(血液・体液)、排泄物、傷のある皮膚、粘膜などを感染の危険を有するものとみなす。」というきまりがあるわけです。なので、医療や介護の現場では血液や排泄物を触る時は若しくは触れる危険性がある時は必ずディスポーザブル(使い捨て)の手袋をして接触します。ですが、今の格闘技界にそいうい概念は殆ど無いと思います。子供でも親からの垂直感染で、何かしらの感染物を持っているかもしれません。打撃での怪我での出血や鼻血などを素手で触ると、自分が感染してしまうリスク、そこから家族や身の回りの人に感染させてしまう可能性があるわけです。なので、僕はバッグの中にディスポーザブルの手袋を忍ばせています。滅多に使うことはないのですが、いざ!という時もあるわけですから。

 それと、足を挫く事や突き指なども時々あるのですが、整形外科に勤務していた時にテーピングの基礎を習ってますので、簡単な固定はしています。テーピングはある程度勉強させている指導者の方は出来られると思うのですが、現状として少ないと思いますし、血液や排泄物などへの対応は、医療従事者では無いと知らないのでは無いでしょうか?UFCのレフェリーやセコンドは必ずディスポの手袋を使ってますが、今の日本の格闘技や武道界はそこまで感染に注意していないように感じています。

 

Dr.F おっしゃる通り、僕も格闘技界・武道界における感染症リスクへの意識の低さについては危惧しており、こちらの連載はじめ、SNSなどでも格闘技医学情報として発信してきました。 

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納江支部長はじめ、安全面にも意識の高い先生方も情報をシェアしてくださったり、勉強会に足を運んでくださったりするようになったのは喜ばしいです。ただ、安全面も指導もそうなんですが、積極的に情報に触れてアップデートしていく方と、旧態依然とした考えに留まる方のギャップが大きいことが気になります。リングで出血があってもタオルかなんかで拭いていますし、試合会場の控室に行けば、血液の付着したティッシュが普通のゴミ箱に入っています。

 選手はもちろんですが、レフェリーの皆さんでさえB形肝炎ウイルスの予防接種も行っていない方もたくさんいるのが現状です。医療の世界やUFCでは当たり前のことが、日本の格闘技や武道ではまだまだ遅れているし、「流血しながらも頑張った」が勲章のように取り扱われている傾向が僕もとても気になっています。試合だけではなく練習の環境も怖いですね。サンドバックや砂袋に付着した肝炎ウイルスは数ヶ月生き続けることがありますし、ウイルスと細菌は全く別ものなのですが、「うちは除菌してるから大丈夫です」という感じになってしまっています、、、。ウイルスには通常の消毒液類は効かないのですが、、、。納江支部長が実践されているようなノウハウであったり、正しい知識や情報もしっかりと共有していくべきだと思っています。

 

納江 感染に関する情報共有は急務ですね。僕の愛読書である、エキスパートナースの8月号でも感染対策の特集が組まれてまして、タイムリーだなぁと思ったんですがウイルスにはアルコール消毒では不十分で次亜塩素酸ナトリウムという、所謂ハイターでないと効果が無いウィルスかいます。嘔吐下痢症で有名なロタウイルスは、その最たるもので、アルコールでは効果なし!しかも、感染性持続期間は6日〜60日という長さ。床に付着しても飛沫して感染する恐れが高いウイルスなので危険性は高いですよね。日本のジムや道場での感染症対策は経営者の知識不足、勉強不足も有りますが、啓発もしていかないと、認識が広まらないですよね。先生のスタジオでは、その辺りをどの様にされているんですか?

 

Dr.F 怖いですよね・・・嘔吐や下痢でも、身体の小さな子供や少年部の選手の弟さん、妹さんに感染したら、身体の予備能が小さいだけに致命的な場合もありますからね・・・。納江支部長のような立場の方からのご提言・ご発信は凄く有意義だと思います。僕のスタジオでは、「予防に勝る治療なし」の具現化に取り組んでいます。いろいろ試行錯誤してきた結果、「練習で怪我をする」、「練習で出血が起きる」ということがあってはいけない、という前提でメニューやシステムをつくっていますね。出血の傷がもしある場合は基本的にスタジオに来てはいけないんです。出血が伴う可能性がある場合、完全に密閉してもらい、コンタクト練習は禁止、シャドーだけ。厳しいようですが、競技で結果を出すために、1リスク管理、2セルフコントロール、3練習相手への配慮、を掲げています。

 

【練習での安全管理】

――練習相手の配慮は大切ですね。関西方面のある道場では、現役トップ選手が普通の稽古生を実験台にして内臓破裂が起きた、という話も伝わってきます。

 

Dr.F なんでそんなことが起きちゃうんですかね・・・。

 

納江 ・・・言葉を失いますね・・・。

 

Dr.F 納江支部長のように、安全意識の高い指導者が増えるといいんですが・・・。道場生の健康を守る、という意味で、他にはどのような取り組みをされていますか?

 

納江 脳震盪ですが、先生が提唱されている様に「セカンドインパクトが危ない!」という意識を持っています。うちではハイキックなどがヒットすると、必ず稽古を中断して休ませます。そして、頭痛や吐気などの症状が無いかを小まめに確認し、保護者の方にも必ず脳神経外科を受診するようにお伝えする、もしくは僕もそのまま病院へ付き添って受診させるようにしています。事例としては滅多に無いことですけども、コンタクト練習を行う以上、起きうることですので、細心の注意をしています。これも看護師としての知識や経験が生きていますね。

 僕の道場の責任者で古川という普段は作業療法士として施設でリハビリをしている指導者がいるのですが、彼もリハビリのプロなので、その辺りの意識が強く、道場生がハイキックをもらった時には、近くの総合病院へ連れて行ってくれたり、受診を積極的に行ってくれたりしています。幸い何事も無かったんですが、その意識を持つ事が指導者としては大切かと。

 

Dr.F 素晴らしいですね。こればっかりは、「疑う」ところがスタートになりますよね。脳に関して、また怪我やダメージに関して、「間違った経験則」くらい邪魔になるものはありません。「そのくらい大丈夫」って言ってる人は、たまたま頑丈だったか、運が良かっただけ。納江支部長や古川さんの動きは、これからスタンダード、お手本になるべき事例です!

 

納江 ありがとうございます。これも、先生や格闘技医学会さんが、正しい情報をずっと発信し続けてきてくださったからです。

 

【試合指向の弊害】

―――お二人のご提言、お話はとても興味深く、今後の格闘技・武道の世界にとっても重要なことだと思います。それでは、読者の皆様へのメッセージと、今回の対談の総評をお願いします。

 

納江 僕の道場は礼儀・挨拶佐賀県No.1♪を謳い文句にしているのですが、大きな声で返事や挨拶はとても厳しく指導しています。カラテの道場は試合志向の道場が多いと思うのですが、僕は「試合は飽くまで空手稽古の一貫であり、全てではない」と指導しています。僕自身も試合に出る事で成長させて頂いたし、試合に出た方が早く強くなれます。しかし、試合を重視してしまうと燃え尽きるのも早い様に思います。

 うちは年間3大会と出場制限をしていますが、他流派さんでは毎月だったり、毎週大会に出場させている、という風に聴いた事も有ります。それでは休む暇が有りません。子供は回復が早いので今は良いのでしょうが、疲労や怪我は段々と蓄積していき、大人になった時に色んな障害が起こる可能性があると思います。子供達はいづれ社会に出ていくわけです。その時に大きな声で挨拶や返事が出来る。しっかりと礼儀が出来る。自分で考えて行動する事が出来る。困難事例に逃げずに取り組む事出来る。こういう事をカラテで身に付けて貰い社会に出た時に役立てて貰いたいと考えています。

 「進化する空手」を通じて、自分で進化していく楽しさも学んで欲しいですね。お陰様で、うちの道場は中学生になっても続けてくれる子がほとんどです。口だけで指導をする先生になり下がらない様に、率先して前に出て道場性を引っ張って行く指導者であり続けるために精進して行きます。

 今回の対談の様な貴重な経験をさせて頂き、二重作先生には感謝の念で一杯です。自分も対談や交流を通じて成長させていただいている感じです!先生には、医学的観点からのスポーツ全体に影響する医学の本を出版して欲しいと願っています。またファイト&ライフさんのように、ライフを真剣に考えてくださる専門誌の存在が有り難いです。機会をいただきありがとうございます。

 

Dr.F 現場の経験を生かして仕事や道場に生かされていらっしゃる納江支部長のお考えや経験を伺えて、とても意義深かったです。僕も日々医療の現場にいて、ナースの皆さんの観察力、洞察力、患者様の心理を把握する能力は、プロとして凄いものがあります。人間にフォーカスした納江支部長のカラテ観にも大いに共感いたしましたし、僕自身、対談を通じて学ぶことがたくさんでした。きっと読者の皆様にも響くヒントがたくさんあったのではないでしょうか?微力ながら、現場で正しく格闘技や武道を伝える方々をこれからも応援させていただきたいと意を新たにしました!スポーツ医学の宿題も、受けとりました。押忍!

 

戦うナース VS 格闘技ドクター 正道会館・納江幸利支部長とDr.F(1) - 格闘技医学会

(ファイト&ライフより)

 

 

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