スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

スポーツの安全情報、医学情報を発信。

ジュニアと心臓震盪(1) 子供の心臓を守るのは大人の責務

・心臓震盪とは?

・なぜ子供に起きるのか?

・命に関わるその病態とは?

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心臓震盪(しんぞうしんとう)という言葉をご存じですか? スポーツ医学先進国のアメリカでは、1990年代から、スポーツ中の子供の突然死の原因として注目されていて、日本でも2000年代後半に入ってからニュースやネットでも取り上げられるようになりました。
 もともと心臓に異常のない子供や若者が、胸にボールが当たったり、肘が胸に当たったり、投げられたりして心臓が止まって死んでしまう現象であり、【心臓に加えられた機械的刺激により誘発された突然死】と定義されています。


1.心停止の直前に前胸部に非穿通性の衝撃をうけている

2.詳細な発生状況が判明している

3.胸骨、肋骨および心臓に構造的損傷がない

4.心血管系に奇形が存在しない

 

この4つがアメリカでの診断基準です。

 

・1月1日午後2時半ごろ、大阪府富田林市新堂、PL学園高校の野球グラウンドで、硬式野球の練習をしていたPL学園中学3年の男子生徒(15)が、送球が胸に当たって倒れた。病院に運ばれたが、午後9時半ごろ、死亡が確認された。富田林署の調べでは、生徒は中学の軟式野球部員。硬式の練習を希望し、高校の野球部員らの練習に参加していた。送球練習で二塁にいて、三塁から来たボールが胸に当たり、転がり落ちたボールを一塁に投げた後、倒れた。生徒の意識がもうろうとしていたため、監督が119番した。

 

・15歳男子、少林寺拳法の練習中、胸部へ打撃を受けた後心停止となった。CPRが実施され、救急隊による除細動により心拍再開した。後遺症なく退院し社会復帰した。(2000年5月)

 

・16歳男子。高校の柔道の授業中に小外刈りをかけられ腰部から転倒した。その後横四方固めで押さえ込まれた。直後に意識消失し、教師が心肺停止を確認した。心肺蘇生術が実施された。救急隊現着時心室細動を確認し、4回除細動が実施された。心室細動は継続し20分後に病院へ搬送されたが、心拍再開せず死亡した。特に既往疾患はなく健康であった。心臓震盪として第56回日本救急医学会関東地方会に発表された。

 

(※以上、心臓震盪から子供を救う会HPより引用)

このような症例があり、スポーツの現場、格闘技や武道の大会でも実際に心臓震盪が起きています。

 

【なぜ子供に多いのか?】
 国内での発生件数の90%以上が18歳未満、アメリカでは、70%が18歳未満。子供、未成年に好発します。胸部への衝撃手段は、ボールなどのスポーツ備品がぶつかって起きる例や、身体の衝突や遊びで起きる例、親のしつけで胸を叩く、兄弟喧嘩で肘で胸を小突いて起きたという例も報告されており、日常の中にも心臓震盪の可能性が潜んでいます。


 子供に起きやすいのは、子供の成長過程において心臓を守る胸郭(きょうかく)が未完成なため、といわれています。胸郭は、肋骨(ろっこつ)や胸骨(きょうこつ)、胸椎(きょうつい)からなる、大きな籠のような形をしており、その中に心臓や大動脈、肺などの重要な臓器や組織を納めています。

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子供は胸郭が未完で、外力に非常に弱い


 大人は骨が出来上がっているため、衝撃に耐えることができますが、子供の骨は柔らかく、外力に対して心臓をプロテクトできないんですね。子供の特徴である「成長」は「未完成」であり、心臓においても「大人にはない」子供特有のリスクがあるということです。


 格闘技・武道での試合や組手、スパーリングは、衝撃手段のほとんどが当てはまってしまいます。グローブや拳サポーターを用いての打撃は、スポーツ備品による発生に近く、肘や膝、かかとなどが胸部に入ってしまうことも試合ではあり得ます。柔道やレスリングなどの投げ技や、カラテやキックでの足掛けによる転倒で背中や胸をマットに強く打ちつけてしまい、心臓震盪を引き起こす可能性もあります。

 

 

【心臓震盪の病態】
 心臓震盪の最中に心電図が記録できたケースでは、致死的不整脈のひとつ「心室細動(しんしつさいどう)」が見られています。心臓震盪の病態を理解しやすくするために、まずは正常の心臓の仕組みから見てみましょう。


 心臓は、意思とは関係なく、昼も夜も、トレーニングの最中も、練習サボった日も、生きている限り動き続けます。怖い師範や先輩に会ったとき、初めてのデートのときなど、速く動きますし、自然に囲まれてリラックスしているときはゆっくり動きます。


 心臓がリズム良く動く秘密は、心臓の「刺激伝導系」と呼ばれるシステムにあります。心臓の上の部屋を心房(しんぼう)と呼びますが、右心房にある洞房結節(どうぼうけっせつ)というところが、心臓収縮の司令塔です。

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刺激伝導系に異常が起きる

 心筋を収縮させる電気的刺激が、この洞房結節から生み出され、心房内に刺激を伝達します。このとき心房は収縮し、心房内にある血液を心臓の下の部屋である心室(しんしつ)に送ります。次に、電気的刺激は房室結節(ぼうしつけっせつ)というところに伝わります。房室結節から、心臓の下の部屋である心室に刺激が伝わり、心室の心筋が収縮してポンプ作用が働き、肺や全身に血液が送り出されます。


 サッカーに例えるならば、洞房結節が監督、房室結節はチームリーダー。監督の出した指示が、リーダーと近くにいるプレイヤーにダイレクトに伝わり、遠くのプレイヤーはリーダーからの指示を聞いてから動くのです。そこに若干のタイムラグがあるため、心臓はまず心房が収縮して、次に心室が収縮する、という「規則的な秩序」が保たれるわけです。

 

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正常の心電図 リズムが規則的



 ところが心室細動では、この規則的な秩序が保たれなくなってしまいます。監督やリーダーの指示をまったく聞かず、それぞれの心筋が好き勝手に動いているような状態ですから、心臓のポンプ機能は完全に失われます。これでは、体に血液が送り出されなくなり、極めて危険な状態に陥ります。


 血液がSTOPすれば、意識消失、数秒で呼吸停止、数分で心臓停止して死に至ります。心電図もごらんのようにグチャグチャの波形。規則正しく記録されることはありません。心室細動は「心室が細かくしか動かない」という風に読んでいただき、心室がプルプルと痙攣している、そんなイメージを持っていただけると病態を理解しやすいかと思います。

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心室細動の波形


 私も、病院で心室細動に出くわした経験が何度かあります。病院では病状がよくない場合、心臓の状態を把握するために心電図をリアルタイムでモニタリングしますが、心電図上、心拍数が異常値をしめすと、「ピーッ、ピーッ」と大きな警告アラームが鳴り響きます。


 心室細動の場合、最初は心拍数がひたすら上昇します。180、190、そして200オーバーに上がっていきます。この場合は、もう迷わずCPR(心肺蘇生術)を行いつつ、電気ショックで「ドンッ」と除細動(じょさいどう)を行い、抗不整脈薬を投与します。とにかく、心室細動のような致死的不整脈に対しては、ゆっくりしている暇はなく、まさに「時間との勝負」になります。


 それでも、病院は救命に必要な条件がそろっています。心電図などの検査機器はありますし、電気的除細動器はあるし、点滴や薬剤もある。専門の知識と技術を持ったスタッフがいて、相当整った環境なんですね。何より、発見から処置までの時間が短い。
 もし試合場や道場で心臓震盪が起きたとしたら、何もしなければ時間の経過が命取りになります。そこで、現場で致死的不整脈から命を救う方法として開発されたのが、最近あちこちで見かける救命器具AEDです。

 

(2)へ続く

 

ジュニア格闘技・武道「安心安全」強化書より

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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E3%83%BB%E6%AD%A6%E9%81%93%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%80%8D%E5%BC%B7%E5%8C%96%E6%9B%B8-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4809410773

KO感覚と医学的背景(2/2) 藤原あらし & Dr.F 

【パワーバランスを考慮した練習】

 60戦以上のキャリアを持ち、日本のキック界の中でもベテランとして君臨、かつムエタイの最高峰にも触れてきた藤原だけに、練習のやり方についても一家言持っている。その秘訣は「ほどほど」だということだ。

 

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大切なのは「〇〇〇〇」

「試合に足を引きずって出ても、パフォーマンスは知れてます。ほどほどにやることも必要なんです。毎日やり切ってもう動けなくなるような練習を繰り返せますか? できる人もいるかもしれませんけど、大抵の人は壊れます。そこでイマジネーションが必要になります」(藤原)

 

 例えば藤原は、ミット蹴りの時にミドルキックを50~65%で蹴る。それも「蹴った後の自分の状況をどれだけ安全に保てるか」だけを考えてやる。たとえ自分が入れた蹴りが軽くても、相手が出してきた次の反撃をちゃんとカットし、さらに蹴り返すことができるか、を考えて行う。一発100%の重い蹴りを蹴って「良い蹴りが入ったぜ!」って自己満足するような練習はしない。バランスを重要視しているのだ。

 

 逆にパワー80%スピード20%で蹴ったら、力任せなだけにバランスが崩れやすい。パワー20%スピード80%の方が次の攻撃に繋げやすい。これもまた、試合巧者揃いのタイ人との多数の対戦経験から編み出したものだ。


「僕の経験では、蹴りの威力がものすごいタイ人はいなかった。こんなもんかって感じです。ただ、そう思って蹴りを受けた後に詰め寄ると『待ってました』とばかりに次のパンチとか肘を出そうと待っているんですよ」(藤原)

 

 また、パワーだけを意識した蹴りだとスタミナもロスしやすい。これはいかなる強いタイ人も一緒で、本当に30~40%のミドルをパッと蹴るだけだという。でも、すぐに構え直して次の前蹴りの用意をして待ち構えている。この辺りの巧さが、タイ人の怖さだろう。

 

 むしろ、日本人の方が思い切りガッ!とくるような強いミドルを蹴ってくるという。ただし、そういう蹴りは力に偏っていて遅い分、ディフェンスもしやすくなる。ガードはもちろん、スウェーしてかわしたり選択する余裕さえできる。そういうことも含んだ上で、藤原は現在ヘビーバッグ等で思い切り蹴り込むような練習はあまりやらない。同じ一人で行う練習なら、むしろ適度な大きさ、柔らかさがフィットするのだ。

 

【攻防一体の実現】

 Dr.Fは「KOバッグ」でトレーニングを重ねる中で、エクストラのアイディアが浮かんだ。エクストラは、上にも下にも取り付け金具がついている。上にしかないと垂直に吊るすことしかできないが、上下にあることでバッグを水平にしたり、斜めにもできる。日々進化している格闘技の技術。パンチもキックも、今では考えられないような方向から飛んでくる。

 

縦や斜め方向から入れる技であるインローや前蹴り、踵落とし、縦蹴りや内廻し、そして胴回し回転蹴りなど、エクストラはセッティング次第でほとんどの打撃技が練習可能になる。

  

 エクストラの特徴はそれだけではない。「KOバッグ」を繋ぐこともできる。二つ繋がっているとヌンチャクみたいな状態になるため、上にハイキックを入れたら下のバッグが自分を襲ってくることもあるし、ローキックを入れたら一回転して上から落ちてくる、なんてこともある。攻撃しながら、防御を意識した「攻防一体型の練習」ができるわけだ。

 

 ローキッカーの選手には、上にエクストラ、下にKOバッグを2本、という組み合わせもおすすめだ。下の2本を相手選手の下肢に見立て、2本がそろっている時には外からのローキック、開いている時には、内側のローキック、ローの距離にない場合、ローを蹴りづらい瞬間には、上を蹴って相手を揺さぶる。

 

 また、上に「エクストラ」、その下に自分のキックミットを繋げることもできる。

このミットを蹴るためには、一瞬のタイミングを逃してはならない。

 

 

「相手が止まっている状態でしたら容易に蹴れますが、動く相手、しかもこちらを攻めてくる相手に対しては、『一瞬のチャンス』を獲らなければなりません。プレッシャーの中で何とかしなければいけないのが競技の厳しさです。そういう意味でも、僕が小さい頃から欲しかった理想のグッズが、やっと完成しました(笑)」(Dr.F)

 

 【思考停止をゼロに】

  動きが不規則ゆえに、技を入れようとして外れてしまうこともある。しかし、試合でも相手は動く。むしろ「外れた瞬間こそどうするか」こそが大事になる。

 

「外しちゃった、どうしよう」「失敗した」と思考停止するのではなく、外したらすぐに次の動きに繋げることこそ勝利の鍵となるし、そこで心理的空白ができれば、動きにもそれが表れる。思考の一時停止は、動きのスピードに反映し、ピンチをつくる。

 

「戦いの中では、瞬時の判断が必要なんです。相手の制空権の中でゆっくり考えている暇はない。感覚を入力しながら、感じながら、一瞬一瞬、光速スピードで判断していくフロー状態。これこそ、脳が最も集中している状態なんですね。僕は、蹴っていて良い蹴りが入った!って自分の技に酔ったりしてました(笑)。でも、そこは必ず隙になりますし、そのあとに倒されて脳細胞が少し減りました(苦笑)。

 強い人は、そこを絶対に見逃しません。いい感じの攻撃で相手にダメージを与えたとしても、そこで止まらない。蹴りが当たっても、外れても、一流選手たちは、『次の動き』への空白が無いのです。」(Dr.F)

 

Dr.F自身が、その「連続性」の重要性を「KOバッグ」を使った練習の中で感じ取った。自分が生み出したものに自分が教えられたというわけだ。

 

【圧倒的な運動量】

  「KOバッグ」「エクストラ」の特徴に可動性の高さがある。ゴムチューブや滑車などで工夫すれば、KOバッグやエクストラは、予想を超える動きをする。その結果、圧倒的な情報処理能力と運動量を獲得することができる。マイク・タイソンナジーム・ハメドといった倒せる強さを持った強豪選手には運動量の多さという点に関しても共通している。そしてまた、「止まるな、動け!」という教えは多くの道場やジムでも教えられていることでもある。

 

 

 

「倒せる選手で動けない選手はいないんじゃないですか?大体、動ける選手が動けない選手をKOしていますし、動ける選手が動かないときも、『動いていないように見えるだけ』で、脳と筋群は絶えず情報のやり取りをしています。同じ1分間の使い方でも、頭の中を含めて高速回転していますから、動けない1分間とは全く中身が違います。

動ける選手にしてみれば、動けない相手は静止画に見えるくらい運動量に差があると思います。試合に勝った時、「相手や周囲が良く見える」「セコンドの声がよく聴こえる」という経験は、情報処理能力と運動量が背景にあるからこそです」(Dr.F)

 

 「KOバッグ」「エクストラ」によって「止まらず、運動量を上げていく」能力の養成も、Dr.Fの狙いであったという。

 
【気づかずに下がる、を無くす】

 ジャンルレスに多くの選手に触れる格闘技ドクターという立場のDr.Fだが、身体面、精神面はもちろんパフォーマンス向上の面でも実践者からアドバイスを求められる。その中でも、特に尋ねられるのが「試合中、どうしても下がってしまう」という問題。

 

 Dr.Fは、「相手に対する恐怖」という心理的な要因だけでなく、日常的な練習内容にも要因がある、と分析する。それはヘビーバッグなどの止まっている対象物での練習だ。ヘビーバッグは、一回蹴ったら一旦下がらないと次の蹴りに繋げられない。打撃を出しては距離をつくらないと練習が継続できないため、特性を十分理解していないと自然に下がるような動きが身についてしまう。しかも、困ったことに本人はほとんど自覚しないまま無意識的に身についてしまう選手が少なくない、という。

 

「戦略として相手を誘うためとか、間合いを取るためにわざと下がる分は良いんです。問題なのは『下がっていることに自分が気付いていない』こと。試合中下がるだけでは勝てません。もちろんずっと前に出る必要はありませんが、ここぞという時に前に出て相手にプレッシャーをかける。いつでも前に出れる状態で戦略的に下がる。格闘医学的に言うと、相手の網膜に自分の像を大きくなる方向で入力するんです。人間は、突然ダンプカーが目の前に突進してきたらビクッとするのが本能ですからね。ダンプカーが走り去っていっても怖くないけど、下がって行きなり向かってきたら怖いでしょう? 」(Dr.F)

 

 勝つためにも、戦いにおいて「前に出る」ということは非常に大事なこと。そのためにも「KOバッグ」の可動性の高さは練習で役に立つ。時には追いかけてパンチやキック、跳び蹴りなんかも叩き込んでもいい。ワイヤーで移動式にしている道場もある。そういう練習をしておけば、普段から下がる癖もつかないし、下がる相手を追いかけて完全に仕留める動きも身につく、というKOバッグならではの利点もあるのだ。

 

 

【創造的スタイルを】

 Dr.Fは「エクストラ」に機能性や有用性だけでなく、創造性も加味して開発した。

 

「どう使うかは、競技者の皆さん次第。百人いたら百人がそれなりの使い方をして欲しいのです。僕は、その一部の例を示すだけ。強くなるアイデアが浮かぶ限り、絶対に強くなれる。もっと素晴らしい景色が見える。ですから皆さんのアイディアを自信を持って形にして欲しいんです。」(Dr.F)

 

いろいろな選手と交流する中で、長いキャリアを積み重ねて上まで進んでいく選手は、

総じてクリエイティビティとセルフプロデュース能力が高く、自分が強くなる練習法を自分で開発する傾向があることがわかったという。

 

そういう人のためにも、「自由度の高い製品』を目指したという。練習法だけでなく、試合で勝つにも発想力は大事だと訴える。例えば試合中に相手の攻撃に対する対処法、やアイデアの枯渇は、負けに繋がる。

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アイディアを具現化すると、次のアイディアが生まれる

 

ローキックをバンバン打ち込まれている状況を打開できず、どう脱出するか、どうやってカウンターにつなげればいいか、のアイデアが浮かばないから、体も動かない。実は、ハイキックでにカウンターのチャンスが何度も来てるかもしれない。そんなアイデアが頭の片隅にでもあれば、それをトリガーとして突破口が開けることもある。アイデアを枯渇させないためにも、普段からどんどんアイデアを実践して、試合での動きにフィードバッグさせることを一流選手は実践しているという。

 

同じく、藤原も、日本人には学ぼうという姿勢が少ないことを憂いている。「何でだろう」「どうしてだろう」という考えを持たなければ進歩は無い。その発想と、そこからさらに創造性を持てば、さらに一歩先に行ける。

 

「考えるための道具としても興味深い。これは全く新しい練習グッズですから。練習でも、汗をかいただけの自己満足で終わってしまうことなく、そこにさらにクリエイティビティを活かしてふくらます。それができたら、手を付けられないくらい成長しますよ(笑)」(藤原)

 

 

 格闘技ブーム等を経て落ち着いた感のある現代でも、めまぐるしく技術は進歩し続け、新しい技もどんどん出てきている。実践者はそれらを記憶しておき、試合の時にはその中から的確な技を選択する能力も磨き上げていくべきだ。不規則に、かつ変幻自在に動く「KOバッグ」「エクストラ」を相手にした練習ならば、自分でその場面場面に合わせた技を一瞬の判断で的確に選択して出す能力も養われる。誰かに戦い方を教わるのではなく、自分が自分の師匠になったような形で、技の組み立て等を創造する力も磨かれる。

 

UFCの初代王者、ホイス・グレイシーは「技術とは引き出しである」との言葉を残しています。持っている武器をどう使うか、また使わないか、。例えば、一発蹴ったらこのバッグだと斜めになってしまう。その斜めの状態に対して、次に何を仕掛けるか。いろんな動きをするので、随時選択をし続ける。試合というのは、一瞬一瞬の判断と取捨選択をテーマとする、そういう練習もできます」(Dr.F)

 

 格闘技のさらなる進化をもとめて格闘技医学会のアイディアが反映された「KO養成サンドバッグ」「KOバッグ・エクストラ」。無限の可能性を秘めているこれらのグッズ、さらなる価値を付加するのは、これからの世代かもしれない。

 

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戦いをクリエイトする

 

isamishop.com

 

 

監修:格闘技医学会

協力:イサミ バンゲリングベイ クエス

出典:Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

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www.amazon.co.jp

KO感覚と医学的背景(1/2) 藤原あらし & Dr.F 

 格闘技・武道を医学的観点から研究する格闘技医学会。その主宰者であるDr.Fが、イサミと共同開発した「KO養成サンドバッグ」(以下、KOバッグ)が人気を博しており、国内はもちろん欧米やアジア等各国から喜びの声が届いている。倒す打撃技術習得に特化したKOバッグはさらなる進化を遂げ、「KOバッグ・エクストラ」(以下、エクストラ)が開発された。

 

・KOの原理とは?

・人体の理解と技術のレベルアップの関係は?

・パワー偏重主義の弊害とは?

・一流選手の思考の秘密とは?

 

 今回は、Dr.Fにその改良点と機能性について詳しく解説をしてもらうと共に、全日本バンタム級やWBCムエタイ等のタイトルを獲得、現在も日本人でありながらムエタイの殿堂ルンピニースタジアムでランキング入りした名選手・藤原あらしを迎え、実際に使用してもらった上で、その感触と有用性について意見を聞いた。(ISAMI)

 

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対人競技では、人体の理解が大きな差になる

 

【解剖学とコースの習得】

 「KOバッグ」の特徴は「携帯できる」という利便性、そして「KO技術の養成」という点にある。頚部から上の部分に当てて倒すメカニズムは、「外力でいかに脳を急速に回転させるか」にかかっている。自分で首を速く振っても絶対に倒れないが、打撃で本人が意図しない方向に外力を加えることで脳は大きく揺れる。これが脳震盪を引き起こす医学的なメカニズムだ。

 さらにその揺らすポイントは頸椎の構造にある。頸椎は7つあるが、一番上の骨は環椎(かんつい)という文字通りリングのような輪の形の骨で、二番目の突起をもった軸椎(じくつい)と環軸関節(かんじくかんせつ)と呼ばれる関節を形成している。頭部を倒す運動や回旋させる運動は、この環軸関節が中心となる。構造上、環軸関節の中心部に向かって打撃が当たっても、頭部は軸ごとまっすぐ後ろに変位するだけで脳は思ったほど揺れない。脳を揺らすには、当たった瞬間、中心軸から外れた方向に外力を伝えなければならない。

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環軸関節の中心部に向かう打撃ではKOできない

「まずは解剖学的位置を理解した上での、打撃のコースが大切です。」(Dr.F)

 

とKOの医学的背景を語る。

 

【スピードを殺さない】

 そして、次に大切なのがスピード。正しいコースでも、ゆっくりとした打撃ではKOは生まれにくい。当たった直後に頭部を急速回転させるべく、MAXスピードを生み出さなければならない。従来のヘビーバッグやミットの練習では、打撃が当たった瞬間、「スピードがゼロになってしまう」弊害があった。

 

 「いちばんスピードが欲しいフェーズでゼロになってしまうことも問題ですが、それに気がつかないまま『倒せない打撃練習』をやりこんでしまい、もっと強く、もっと強く、となってしまって、身体を壊してしまう選手がたくさんいる。それは非常に大きな問題です。」(Dr.F)

 

と彼は憂慮する。「KOバッグ」「KOバッグエクストラ」は当たった瞬間のスピードをMAXにして振り抜くことができる。さらに、振り抜いてすぐ引いてくることもできる。さらに、これらはMAXスピードでヒットすると、「くの字」に曲がる特徴を持つ。KOにつながる技かどうか、ヴィジュアル的に確認することができるのだ。

 日本初の「変形するサンドバッグ」を実際に蹴ってみた藤原も、ヘビーバッグとの大きな違いに気付いた。

 

「これだとインパクトを確認できますから、僕はハイキックの練習に役立てたいですね。ミドル以上に、ハイキックは瞬間的なインパクトが大切なので。ヘビーバッグだと重いのでどうしても膝を曲げておいて伸ばす、「蹴り負けない動き」になってしまう。無意識に『ヘビーバッグを押す動作』が入ってしまいます。押している打撃と、KOできる瞬間的なインパクトとは違うんです。膝を伸ばした瞬間にあたる時の方が、当たっている面積が小さく、接している時間が短い分、ダメージとして伝わるんです。」(藤原)

 

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あらゆる技術を試した藤原あらし

 

「ヘビーバッグの利点はパワーアップにあります。重い分、蹴った時の反作用によってエキセントリックな収縮が発生しパワーがつく。その意義は十分にあります。試合は、パワーを持った同士が競う場だから、今度は針を通すような繊細さが武器になる。」(Dr.F)

 

力強さと繊細さーーーそれは藤原が戦う軽量級の世界ではなおさらだ。

 

 足に伝わる反作用の重さゆえに、蹴り応えを感じて「この蹴りなら絶対に効かせられるな」と過信してしまうこともある。しかしながら、「重さ」と「効かせるインパクト」は必ずしもイコールではない。技を強化するために基礎体力を上げる時期も必要だが、試合直前に重いものを無理して蹴ることで、怪我をしてしまうこともよくある。格闘技ドクターとして知られるDr.Fはそのような症例にさんざん直面してきている。

 

【KOの解剖学 -下段-】

 経験則だけではなく、医学の立場から「倒せる技」を検証するのがDr.Fおよび格闘技医学会。世界中で行われているFightologyツアーでは、CTスキャンやレントゲンの写真を用いて人体構造を解説する。それにより、競技者にリアルなイメージをもってもらうのだ。

「例えば、大腿骨は太腿のど真ん中にある、と思われがちですが、実際は股関節から後方、および外側に走っているんです。それから内側に向かって伸びて、膝関節に近づくにつれて前方に走っています。

 解剖学を知り、骨、筋肉、靱帯、神経などの関係性を知ると、どこをどのように蹴ったら効くか、を理解できます。ローキックを何発蹴っても倒せない人と、一発で効かせて倒せる人では蹴っている場所も違うし、蹴る時の意識も違います。解剖を知ることで確信をもって蹴ることができる、というわけですね!」(Dr.F)

 

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CT画像で構造を理解し、KOイメージを明確にする

 構造をリアルにイメージできたら次は当て方。効かせるには、自分の蹴り足の骨で靭帯や骨膜といった痛点が多い個所を、自分の骨と相手の骨で挟み込むように蹴る。そのエリアは非常に狭いため、点で狙う。当てる部位も点で当てる。「点と点を合わせる感覚」を、実際の相手で試し、それをKOバッグでさらに試す。

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自分の骨と相手の骨で、相手の痛点の多い領域を挟み込む

「何となく蹴る」「面と面が当たる」という打撃ではなかなか倒せない。

 

「ローで倒れるときは、意識があります。顔面との違いですね。ローで倒れるのは痛いから。どうやって痛覚を刺激するか、がポイントです。それには点で点を蹴る。やたらめったら蹴る練習の前に、バッグの一か所にテープなりでマーキングしておいて、脛でも足の甲でも踵でも、点と点を合わせる練習をするんです。5cm×5cmで当たる蹴りと、1cm×1cmで当たる蹴りは、理論上は25倍の差がある。ということになりますから。」(Dr.F)

 

【KOの解剖学 ーボディー】

 さらにボディーでのKOの場合。ローと同様、痛みで倒れるのだが、痛みの種類は全く異なり、「内臓痛」で倒れる。腹部には腹膜を支配している感覚神経群がある。そこに刺激が入力されると、腹部全体が「どよーん」と重くなって動けなくなる。

「ハッキリしない苦しい鈍痛」がボディーでのKOで正体だ。そして、内臓は強固な腹筋群に守られている。腹筋群のバリアをいかに解除して刺激を到達させるか、がボディーKO最大のポイントだ。硬い物をぶつけると腹筋群も反応して強く収縮してしまい、内臓を包む腹膜まで衝撃は届かない。

 拳でも前蹴りでも膝蹴りでも同じこと。そこで、当たった時には柔らかく、中の腹膜に衝撃が到達した深さで硬くする。これで効果的に効かせられる。「KOバッグ」「エクストラ」を中段の高さにセットし、パンチなら拳がバッグにフィットした時は拳を握り込まずに柔らかく当てて、バッグの中心あたりに拳が到達したタイミングで初めて強く握る。膝蹴りや前蹴りも極力柔らかく当てて、その後にグッと硬くする。打撃を硬く当てると向こう側まで動いてしまうが、「柔らかい→硬い」がボディーKOの秘訣なのだ。

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あたる瞬間は柔らかく

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腹筋群の収縮を極力防いで、刺激を内部に到達される

 

 【パワーとインパクト】

 とにかくバンバン蹴り込んで、ウエイトトレーニングして筋肉をつけて重い蹴り、強い蹴りを求める。

 

「もちろんそれも大事なことです。競技をやる以上、『器を大きくしていくキャパシティーの拡大』の必要はあります。同時に、ひとつだけの方向性には必ず限界が来る。限界を感じている競技者には、『器の中身を凝縮する』作業が有効かも知れませんね。」(Dr.F)

 

 このパラダイムの変換をDr.Fは推奨する。

 

 タイの名門、ポープラムックジムで練習した経験を持つ藤原も、「タイでは重くて硬いバッグを見たことが無い、蹴ったら曲がるようなバッグだけしかなかった」と回想する。そして練習の目的もやはりインパクトを重要視したものが主だった。

 

 「膝蹴りにしてもミドルにしても一発入れたら、くの字型に曲がる。そうやってインパクトを意識する練習でした。ドシーンと押すように蹴ってしまうと、くの字型にならないで、バッグごと大きく振られてしまう。僕の中で一番良いミドルというのは、ヘビーバッグにミドルを入れたら、蹴り足を引いた時にまだ蹴ってへこんだ部分が残っているようなもの。面で当たっちゃうとふっ飛んでしまうだけです。」(藤原)

 

 サンドバッグが大きく揺れるのは必ずしも良い技が入ったわけではないのだ。体重制で行われるムエタイであるがゆえ、そして藤原も軽量級戦線で戦う選手だということで、早い段階でその違いに気づき、パラダイムシフトを行った。結果、実力発揮に繋がっている。(2へ続く)

藤原あらし(ふじはら・あらし)

K-1でも活躍した新田明臣率いる、バンゲリングベイ所属。全日本やWPMF世界、WBCムエタイをはじめとしたバンタム級各タイトルをはじめ、日本キック界において無類の強さを誇る藤原あらし。ムエタイの殿堂、ルンピニーでのランキング入りを果たし、ルンピニースタジアム認定スーパーバンタム級タイトルにも挑んだ。現役選手にして達人的技術を併せ持つ、日本格闘技の歴史の中でも、屈指のテクニシャンである。

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KOバックエクストラ(ISAMI&格闘技医学会共同開発)

isamishop.com

KOバッグ動画 (クエストKOの解剖学シリーズより)

監修:格闘技医学会

協力:イサミ バンゲリングベイ クエス

出典:Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

 

 格闘技医学 第2版

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Dr. Fの格闘技医学[第2版] | 二重作拓也 |本 | 通販 | Amazon

 

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中井祐樹 vs Dr.F パイオニア対談 第1回:どうしたら強くなれるのか? その発想と指導法

 格闘技医学の開拓者 ”Dr. F”こと、二重作拓也が、格闘技界の生きる伝説・中井祐樹と「いかに上達するか」をテーマに指導と医学という2つの立場からスパーリングセッション形式の対談を行った。

 

・哲学のぶつかり合い、MMA

中井祐樹が衝撃を受けた「時間の区切り方」とは?

・クロストレーニングで開く扉

・格闘技、2つの入り口とは?

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2人を繋いだのは、プリンスの音楽だった。

ーーまずはお二人の繋がりから教えてください。

 

Dr.F「実は、僕たちはロックミュージシャンのプリンスのファンなんです(笑)。もちろん、中井先生のことはバーリトゥード・ジャパン・オープンの頃から存じていましたし、尊敬する大好きな格闘家だったのですが、SNSを通じてプリンスのファンだということを知って、メッセージをお送りしたことから交流が始まったんです。」

 

中井「もちろん、僕も二重作先生のことは格闘技雑誌の連載を通じて存じていました。そこに書かれていた"時間が変わると、やることが変わる"という先生の言葉に感銘を受けて、いつかはお会いしたいと思っていたところSNSでご連絡をいただいて、プリンスのファンと知ったときは、さすがに親近感が湧きました(笑)。」

 

――中井先生は日本ブラジリアン柔術連盟の代表を務めているなど、日本のグラップリング界を代表する方ですが、二重作先生もドクターである一方、空手家であるという側面も持っていらっしゃいます。競技によって携わる人の性格や性質が違うとよく言いますが、初めて会ったときに、お二人はそれを感じましたが?

 

中井「僕は、競技性の違いというのは特に感じることなく、逆に雑誌で拝見していたイメージどおりの方なんだなとうれしく思いました。」

 

 Dr.F「実は、僕は、感じたんです(笑)。打撃系格闘技の団体は、分裂が多いのは読者の多くの方がご存じのとおりですが、パンチを出すときというは、肘関節が伸展して、肩関節が屈曲する、いわゆる"お前来るなよ"というジェスチャーなんです(笑)。これがグラップリングとなると、肘関節、肩関節とも屈曲させて相手を引き寄せ、距離を一度ゼロにしないと競技が成りたたないんです。柔術レスリングなど、グラップリングの方たちが競技を超えて交流しているのは、こういったところからも来ているのかもしれませんね。」

 

中井「それを言うとMMAは、生き方のぶつかり合いなんですよ。相手と、お前の土俵なんかに付き合わないぞ、ということを前提とするので、けっこう哲学的なぶつかり合いでもあるんです。」

 

Dr. F「ああそうか! 理念と理念がぶつかり合うわけですね。」

 

中井「だから、絶対的な攻撃の手法なんてないんですね。投げるのが上手くても、相手に寝技を取られてしまうし、組み付きの上手いヤツは、逆に打撃を恐れると弱点も出て来るし……という、じゃんけんぽんが複雑に絡み合っているような状態なんですね。強くても、必ずどこかに穴はあるんです。叩く、押さえる、決める、仕留めるといった幅のある動きのなかで、自分の土俵を生かしながら、相手の穴を突くというのがMMAなんです。 おもしろいのは、一芸を極めている選手が、すべての技術をバランスよく身に付けている選手に勝つ可能性があるというところなんですね。」

 

Dr. F「たしかに、そういったことは空手にもあります。下段回し蹴りや上段回し蹴りといった、強力な技をひとつ持っている選手が勝ち上がって優勝をさらってしまったということが、全日本の歴史でもありました。」

 

中井「MMAは、UFCが象徴するように、今はアメリカが主戦場になっていて、トレーニングに関する研究もかなり盛んになっているんです。例えばランニングに関しても、短距離も、中距離も、長距離も必要だということが分かって、あとはそれをどの配合で行うのが一番鍛えることができるのか、専門誌なんかにも書いてあるんですね。

 専門誌といえば、僕は以前、二重作先生が雑誌で書いていらした"時間が変わると、やることが変わる。時間で区切った練習にすごく意味があるんだ"という言葉に衝撃を受けたんですよ。

 というのは、時間が変わると競技って変わってしまうじゃないですか? それを寝技文化の人たちはあまりにも軽視していて、練習量がすべてを決定するという意識があって、練習時間がべらぼうに長いんですね。なんとなく、量をやることが練習だと考えているところがあって(笑)。

 でも、1時間も2時間も試合することってないでしょ、ということなんですね。「この練習で体を作っても、試合とまったく違うことをやっている可能性があるかもしれないんですよ」というのを、ずっとぼやっと頭の中にあったので、それを先生の雑誌の中の言葉で再確認しました。」

 

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3分を3分と捉えるか、1分を3回と認識するか、戦いを30秒で終わらせるか。時間の捉え方でやるべきことが変わってくる。

Dr. F「その話はおそらく、試合前に、『前回の試合ではキックミットを10ラウンドやったので、次の試合はタイトルマッチなので12ラウンドに増やします。』という方法が、本当に効果があるのか、ということについてだったと思うんです。

 人間は、12ラウンドやると決めたら、12ラウンド用の動きを脳が決定してしまうので、運動強度としては、『12ラウンド動けるように動いてしまう』んですね。であれば、10ラウンドだよと騙しておいて、プラス2ラウンドするのが本来の効果を狙ったトレーニングなんです。運動の量だと分子だけですよね?分母で割ってあげないと、本当の数字って出てこないんです。たとえば、ひとつのトーナメントでベスト8に3人入賞したといっても、ある団体はたくさんの選手がエントリーしていて、もう一方の団体は5人しか出場していないとしたら、分子は同じでも分母はまったく違うわけです。そうなるとなると見た目と実質、いわば価値自体が異なってくるんですね。

 ただ、量をたくさんする練習というのは悪いわけではありません。試合に勝つ、チャンピオンになるというのは"淘汰"ですから、たくさん練習ができる選手というのは、それだけで淘汰に生き残った存在なんです。

 ただ、ひとつだけ忘れていけないのは、現役の時代というのはタイムリミットがあるということなんです。そうした猛稽古をして残った選手というのは、もともと体が強かった、また選んだ競技にフィットしていた、という可能性がありませんか?」

 

中井「ありますね。」

 

Dr. F「たまたま、その人が柔術をやる、空手をやる、テコンドーをやる。それで、その競技にぴったりだったんですよ。骨格なり、手足の長さなり、性格なり……。たとえば、ものすごく温和な人が、相手に襲いかかって倒れるまで殴り続けるって、できないんですよ。僕は "格闘技の入り口" というのが2つあると思っているんですが、まずひとつが "強い人の入り口" で、もともとケンカ上等で強い人で、そういった人は勉強や芸術の道に進むよりも、格闘技の道へ進んでエンジンをフル回転させて、才能もチャンスもすべて自己表現につなげることができると思うんです。

 もうひとつは "弱い人の入り口" なんですが、とにかく人にいじめられるとか、ケンカをふっかけられるとか、かまわれるのがイヤなんです。そういう人にとっては、自分の自由を守ることが格闘技で、相手をKOするとか、首を絞めて気絶させるというところにあまり価値観を置いていないんですね。この2つの入り口から入る人たちは、全く真逆の存在で、両者にとって格闘技は、まったく違うものに見えると思うんです。これは僕の個人的な考えなんですが、中井先生はどう思われますか?」

 

中井「もちろん、そういった面はあると思います。だから、僕は、弱い人たちにとって格闘技が開かれたものであってほしい、と願ってきましたし、おそらく総合格闘技のジムで "初級クラス" というのを作ったのは、日本で僕が初めてだと思うんです。佐山(聡)先生は当時、強い選手を教えるために指導していていらっしゃったと思うんですが(笑)、僕が入門した頃は、練習生各自がサンドバッグとかを叩いているときにアドバイスするような感じで、やっと "スクーリング" といって、コーチが教えますというクラス制の時間が週二回できたころだったんです。それを毎日にしたのが、僕だったんです!」

 

Dr.F「総合格闘技・初級クラスの生みの親だったんですね!」

 

中井「そうなんです!技のメカニズムをかみ砕いて教えていって、まずは楽しんでもらおうというのが主旨だったんですが、そのうち練習生にも個性が出てきて、殴るのは好きじゃないけれど、関節の方が好きだな、とか、自分に合ったものを見つけやすい環境にもなったと思います。それは今もあって、総合格闘技という技の幅が広い競技のなかで、俺は組み技が好きだなという人は、さらに、道着の方がゆっくり考えられるし、グラップリングは滑るから体力いるし……、とか、生徒もいろんな観点で格闘技と接し、道を選ぶことができる環境を整えておかなければとは思っているんです。」

 

Dr. F「とうぜん、組み技よりも打撃の方が好きという生徒だって、出て来るでしょうしね。」

 

中井「そうそう、だからキックのジムとか、いろいろなところと協力体制を作り、生徒が打撃をやりたいというときに、知ってるところがあるぞ、行ってこい! って言えるような、相互に練習できるようなシステムを敷いているんです。全人的な教育でありたいという意識はあって、子供たちにも相撲を取らせたり、レスリングをやらせたり、道着を着させて柔道やったり、また足を触ってもいいサンボをやらせたり、引込んでもいい柔術をやらせたりするんです。そのなかで、相撲が好きだという子が出てきても、型を付けながらやってみよう、となるとレスリングの方がおもしろいという場合もあるし、最初から引込んで関節を取る柔術がおもしろいという子もいたりする。

 また中学生ぐらいになると個性が出てきて、サンボのように足を触るのは得意じゃないけれど、がっぷり組んで投げるのが得意なヤツが出てきたりするんです。お前、グレコローマンに向いているなぁ、でも中学にグレコはないんだよな……ということもあるんです。こういう適正を見つけることが本当の練習なんじゃないかなとは思っています。だから、先ほど先生がおっしゃったお話は、そのとおりだと思います。」

 

Dr. F「ありがとうごいます!広島に、格闘技医学を含めて指導をさせていただいている道場があるんですが、そこで、子供たちと上段回し蹴りを練習していたときに、一人、なかなか上手く蹴ることができない子がいたんですね。そこで、テーマを胴回し回転蹴りに切り替えたら、その子が一番うまいんです!

 上段回し蹴りというのは、股関節を伸展させた状態から屈曲させた状態に持っていくのが主な動作なんですが、胴回し回転蹴りは屈曲させた状態から伸展させた状態に持っていくので、運動として真逆なんです。

 そのとき、その小学生から僕は、「指導の本質」を学ばせて頂いたんですね。それは、指導者側がどこに光を当ててあげるかが大切で、練習は『上段回し蹴り大会』じゃないのに、そうしているのは指導者の側だったんですよ。違ったことを提示してあげることができれば、上段回し蹴りが不得意な子も伸びていけるし、劣等感を抱くことなく存在感も出していけると思ったんです。」

 

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胴回し回転蹴り 北斗会館・小宮山大介会長(相手:松原道場 松原 吉隆代表)

中井「打撃にも共通しているものがあるんですね。子供たちに向けた幅の広い指導は、実は始めたばかりで、『どの年代にどのくらいの技術を教えれば開花していくのか』というのは、MMAというスポーツを幼少から死ぬまでやりきった人がいないので、わからないこともたくさんあるんです。僕が自信を持って言っているように聞こえるかもしれませんが、本当にわからないことだらけなんです。現実、生徒が試合に負けたりすると、僕の理論は崩壊したのか……なんて気持になることもあるんです(笑)。選手はもっと落ち込んでいるでしょうから、失礼な話になってしまうんですが。

 

 ただ、これをやれば同じ技ができるきっかけとなる、違う技を考えるきっかけとなるとか、ひとつひとつの動きの改善とか、解明していく動きとかを明確にしようと、先生は(格闘技医学に)取り組まれているんだと思いますし、僕は現場で、長年の経験を生かしながら行っていて、例えば、キミはみんなと同じ技をやっているけれど、ちょっと違うよね。それでも成功する可能性はあるけれど、成功しないときに、こちらの型も学ぶ必要があるんだよ、ということを教えてあげることが大切なんじゃないか、これが格闘技がもっている本来の意味なんじゃないか、なと思うんです。」

 

Dr. F「なるほど、成功しないときにどうするか、という視点、とても勉強になります。運動というのは多くの場合、"前提"で成り立っているんです。そしてこれが、その後の動きや成長に影響するんです。たとえば、人間の体は足は2本、手は2本、目は2つ、耳は2つ、左右対称だよね。だから真ん中に軸を取ってパンチやキックを出すのがいいんだよ、と教える方もいらっしゃいますが、解剖学的には心臓も肝臓も片側にしかなくて、人間は決して左右対称ではないんです。

 つまり"人間は対象である"と教えられて練習を続けていく人と、”非対称性もある”ことを知った上で練習する人では、最初の違いが後で大きな差を生んでしまうんじゃないか、と。物事をたくさん知っている必要はないかもしれませんが、新しい知識を入れる、また古い知識を捨て去ることで、脳の中の記憶が変わり、さらに認知が変わりますから、脳の前頭前野で起こる運動のイメージにいい影響を与える可能性があるんですね。」

 

中井「なるほど、興味深いお話です。最近、クロストレーニングという言葉をよく聞くようになりましたが、それでも他のことをやるとマイナスになるという意見を持つ人がたくさんいて、今日、先生とこうしたお話ができて嬉しいです。」

 

Dr. F「ああ、確かに否定される方はまだまだいらっしゃいますね。中井先生は総合格闘家として、また柔術家として幅広く活躍され、いろいろな経験を積まれてきたので、打撃、組み技などそのときの立ち位置によって見え方が違っていらしたでしょうし、言い換えれば、より多くのものを見ていらしたんでしょうね。」

 

中井「僕の発想を分かってもらえないこともあって、時々、さびしさを感じることもあるんですが(笑)ただ、生徒を教えていて、『この思考にとらわれていると、これしかできないよ』と本人に気づかせるようにしてはいますし、それでも本人が気づかないのも人生なので、それはそれでいいと思っているんですが……(笑)。そんな中で、いろんな可能性を持っている人が出てきてくれればと思ってやっています。」

 

Dr. F「こうしてお話を伺っていると、中井先生はパイオニアですね。修斗ブラジリアン柔術と、先駆者としてドアを開けてこられて、空いたドアからは見えないものを見ていらしたし、さまざまな立ち位置から多角的にものを見てきて、その経験から指導されているわけですから。"山の登り方はひとつではない"と言ってもらえるのは、生徒さんにとって救いだと思います。」

 

中井「ありがとうございます。僕は格闘技はルールの違いこそあっても、すべて同じだと思っているんです。どうやって相手に勝つとか、相手に負けなかったとか、良い結果が出るように考えつつ、それを続けていくことも大切だから、ケガをなるべく減らしてとか。さきほどの先生のお話にもあったように選手としての時期は短いですが、今は壮年部というのもありますので、長く続けることもできますし、その人の生活のなかで、どういった比重で格闘技に親しんでいくのかとか。なんとか上手くなって、ボロ勝ちしなくて、相手を一回返せたらいいなとか、それも各人の差があると思いますが、そうしたことを追求していって、よりよい動きを追求していこうという『全身を使った人間学』だと思っているんです。」

 

Dr. F「たしかに直接相手と対峙するという格闘技という競技の中で、喜びや緊張、他の競技ではなかなか味わえない痛みを、競技者同士が互いに共有しながら、それでいて、各人がそれぞれのライフスタイルの中で目標を持てるというのは、素晴らしいことだと思います。今回は、連載『Dr.Fの格闘技医学』で初の試みとなった、中井先生とのスパーリングセッション形式の対談で、指導に関するこんなにも貴重なお話が伺えたのは、本当に感動的です。対談第2回となる次回も、今からものすごく楽しみにしています。」

 

中井祐樹

 北海道出身。パレストラ東京代表。日本ブラジリアン柔術連盟会長。日本修斗協会常任理事。北大在学中に高専柔道の流れを汲む七帝柔道を学び、4年時には七帝戦で団体優勝に輝く。その後上京し、修斗に入門。93年4月にプロデビュー。94年11月、第3代ウェルター級チャンピオンとなった。95年4月、バーリ・トゥード・ジャパンオープン95に出場。最軽量ながら、体重差を乗り越えた歴史的な勝利で準優勝。しかし1回戦のジェラルド・ゴルドー戦で受けたサミングで右目を失明。王座を返上した。その後しばらくは選手活動を停止していたが、96年に柔術家として現役に復帰。98パンアメリカンBJJ選手権茶帯ペナ級優勝。99年7月のムンジアル(柔術世界選手権)より黒帯に昇格し、続く99年10月のブラジレイロでは黒帯ペナ級3位となる快挙を達成した。97年12月、自らの理想を追求するためパレストラ東京を開設する。最新情報は、ツイッター @yuki_nakai1970 

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総合格闘技柔術のパイオニアにして生きる伝説

 

ファイト&ライフより

www.fnlweb.com

 

中井祐樹代表も推薦&モデル出演!Dr.Fの格闘技医学

 

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パンチドランカー(3)パンチドランカーチェックリスト11

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パンチドランカー、予防に勝る治療なし。


 

【パンチドランカーチェックリスト11】

 格闘技医学会では、11項目のパンチドランカーチェックリストを作成し、現場での意識向上にご活用いただいています。これらが大丈夫であれば、パンチドランカーにならないというものではありません。これらの項目に気を配りながら、身体の状態を客観的に評価して欲しいのです。11項目のうち、もし一つでも引っかかるものがあれば、医療機関を受診の上、医師の診断を仰いでください。

 

①物忘れが目立つ             

②集中力が落ちてきた           

③感情的になりやすい、冷静さを欠く    

④相手の動きに対して反応が鈍くなっている

⑤バランスの低下を感じる         

⑥手先が不器用になっている        

⑦手足の震えを感じる           

⑧頭痛がある                  

⑨視力低下や物の見づらさを感じる     

⑩呂律が回りづらくなっている       

⑪相手の軽い攻撃でもダウンしてしまう  

 

 【予防プログラムと選手の覚醒】

 格闘技医学トレーニングでも、パンチドランカー予防を目的としたメニューをつくり積極的にトライしています。キックの英雄・新田明臣選手(2005年K-1MAX準優勝・現バンゲリングベイ代表)が怪我により戦線離脱し、再びK1のリングに戻ってくる前、しばらく勝ちから遠ざかっていた2004年に共同開発したプログラムで、者さんや認知症の患者さんに対するリハビリテーション神経内科的メソッドを格闘技の動きに取り入れたものです。

 

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脳を守る意識が高く、数々の名勝負を残した新田明臣バンゲリングベイ会長

 きっかけは新田選手の「練習のとき眠いし、脳がはっきりしない。なんか集中しきれない状態で練習してしまっているので、負けちゃってる気がするんです。どうしたらいいでしょう?」という相談でした。ただ単にミットを蹴る、サンドバッグを叩く、スパーリングをするという練習ではなく、一定の情報入力をして判断し、反応するトレーニングを行いました。たとえば技に番号をつけて、左ジャブが1、右ストレートが2、左フックが3、右フックが4、左アッパーが5、右アッパーが6というふうにして、僕が1256と言ったらそのコンビネーションを即座に行うトレーニングや、新田選手に目をつぶってもらい、ミットを持った僕はこっそりと立つポジションを変えて、「ハイ!」という合図と共に開眼し、一瞬で距離を計り、パンチやキックを繰り出してもらうトレーニング。また4ケタのアトランダムな数字を伝え、すぐにそれをひっくり返して答えてもらうテストなども試行しました。

 めまぐるしく変化する情報入力に対して、すぐに反応して体を動かす、体だけでも脳だけでもなく、体と脳をリンクさせるのが目的でした。そうすると面白い現象がありました。試合の当日控室で、「ちょっと脳をはっきりさせたいんで、何かメニューをください」とオーダーがあり、そのときに数字をひっくり返すパターンなどの復習をしたのですが、新田選手は苦戦しているメニューに対して、一つもミスすることなく、全部、完璧に遂行したのです。計算問題にしろ、動きにしろ、いつも以上の違う反応の速さと適格性とスピードがあった。その日の新田選手は、リザーブマッチから快進撃を重ね、「K1史上初のリザーブマッチからの決勝戦進出」を果たしました。試合をする前から脳が完全に覚醒した状態でした。試合運びも危ないところがほとんどなく、安心してみていられる試合内容でした。

 パンチドランカー予防のプログラムも、やってどのくらい効果が出るかっていうのは、今のところ実証は不可能です。「やらないよりやったほうがいいじゃないか」という段階ですが、実践者の意識を高めるという意味において必要だと感じています。海外には、スパーリングの後に計算ドリルをやったりして、脳をフル回転させていつもどおりの生活に戻る、スパーリング前に脳をフル回転させて、脳を覚醒させて、集中力を高めてからスパーリングに臨む、そういう工夫をしている選手もいます。

 

 実力が拮抗していると、体力や技術で2倍も3倍も差をつけることが難しくなってきますが、脳については解明されていないことの方が圧倒的に多いため、飛躍のヒントに満ちた領域なのです。

 

Dr.Fの格闘技医学 第2版より

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格闘技・武道インフルエンザ予防と対策2019 試合会場編 & 道場・ジム編

 

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戦う相手は、目に見えるとは限らない。


【格闘技・武道インフルエンザ予防と対策2019 試合会場編 格闘技医学会】

 手洗い、うがいを励行する、マスクを着用する、予防接種を受ける、といった基本的予防策はもちろん、試合会場特有の事情を考慮した対策が必要です。特にハイリスクなのが、観客席、会場入口、トイレ、売店、選手控室などひとの往来が多い場所。選手のみなさんは、極力さけるように気をつけてください。

 

・控室とは別にウォーミングアップスペースをチームで確保する。

・会場入りの時間を少しずらす。

・チームでアルコール消毒スプレーを用意しておく。

ティッシュやペーパータオルを棄てるゴミ袋を統一する(あちらこちらに棄てない)。

・水や食料はあらかじめ多めに買っておく。

・ウォーミングアップ用のミットやビッグミットは、使用者が代わる際にはアルコールをかけてペーパータオルで拭く。

・観客やチーム以外のメンバーとの連絡はスマホ、メッセージ等で行う。

・試合後は呼吸も激しくなるのですぐに人の少ない場所に退避する。

・シャツやタオルを普段より多めに持っていく、汗をかいたらすぐに着替える。

・暖房などで乾燥している場合、濡れたタオルを準備して喉を守る。


【格闘技・武道インフルエンザ予防と対応2019 道場・ジム編 格闘技医学会】

・道場・ジムに使い捨てマスク、ペーパータオル、消毒用アルコールを常備する。

・試合が近い選手は可能な限りマスク着用にて練習に参加する。

・練習前後、休憩時間には全員の手洗い、うがいを励行する。

・ミットやサンドバッグ、ドアノブ、スイッチなどの消毒にはアルコールとペーパータオルを使用する。

・インフルエンザ罹患の可能性のある練習生は出席を禁止する。

・練習中、インフルエンザが疑われる生徒が見つかった場合、ただちに練習を全体としてストップし、保護者および家族に連絡。医療機関への受診を促す。

・練習生の家族内で発症があった場合、指導者と情報を共有する。

・インフルエンザ陽性者が出た場合、学校法に順じ「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日を経過するまで」練習出席を停止する。

・主治医の許可を確認してから練習復帰を許可する。

・指導者がインフルエンザに罹患し、代行指導者がいない場合は道場を一時休止する。 ・指導者は、医学知識と対応をアップデートし道場・ジム内で共有し徹底する。
・流行前の時期に、予防接種を行い重症化を予防する。

 


【一般的な予防マニュアル】
厚生労働省インフルエンザの更新情報をこまめにチェックする。

www.mhlw.go.jp

 

※上記はあくまでリスク軽減のための方法の例であり、

1)感染を完全に防ぐ手段ではないこと、

2)状況により対応に変化が出ること、

3)最新の研究結果により変わること、

4)自己責任で使用されること、

5)症状が出ない不顕性インフルエンザの存在も念頭におき、疑わしきは必ず医療機関に受診すること

6)一般的な予防対策を行った上で参考とすること

 以上を十分ご理解を願います。必ず厚生労働省発表の最新情報をご参照ください。

 

格闘技医学会 安全管理委員会(更新情報はtwitterでも発信中)

twitter.com

関連書籍 Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

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パンチドランカー(2)「打ち合い」は素人でもできる、「もらわない技術」こそ修練の証。

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「脳を守る」意識こそ、一流選手と二流以下の選手の「見えない差」

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・予防の意識が低い指導者に注意!

・脳への衝撃を減らす練習体系とは?

・「打ち合い」は素人でもできる。「もらわない技術」こそ修練の証。

・シャドーは選手の身分証明書

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【パンチドランカー予防の意識】

 格闘技・武道と脳へのダメージ、特にパンチドランカーについての話題になると、このような言葉を耳にすることがあります。

「うちはヘッドギアをつけてるから大丈夫」

「顔面パンチなしのルールだから安全」

「打撃はなく投げだけだがら脳の影響はない」

 コンタクトスポーツである以上、それらの考えは相対的な比較に過ぎません。このルールだから大丈夫、こうしてるから大丈夫、という意識は、「窃盗罪だから殺人より悪くない」というような「比較」に過ぎません。そうではなく、格闘技をやる以上、ルールを問わず脳を守る意識こそ必要なのです。宣伝文句や営業として外に発信するフレーズではなく、「うちは大丈夫だろうか?」「どうやったら減らせるだろうか?」という内省的な意識のことです。

 ボクシングやキックボクシングといった顔面を殴り合う格闘技はもちろん、顔面パンチのないルールのカラテでも、防具着用の拳法であっても、さらには球技であるサッカーやフットボールなどでも、リスクはゼロではない。顔面パンチの禁止されているカラテの大会で、上段蹴りによるKOで脳にダメージが蓄積している場合もありますし、組技格闘技ではパンチこそないですが、投げで脳が激しく揺れることがあります。競技者ではなくとも、毎日ミットをもって選手の打撃を受ければ脳は揺れますし、主にカラテで使用される、人間が隠れてしまうような大きなビックミットでも、持っている方は、ミットの重さと打撃の重さを全身に受けてしまいます。それらの影響が将来的にどう出るかは、調査さえ行われていないのが日本の現状なのです。

 

 【脳が揺れる時間を極力減らす】

 脳のダメージを極力避けながら、強さを目指すにはどうすべきか?

 現実問題として、完全予防というのは難しいかも知れませんが、パーセンテージを低くすることは可能です。その方法の最優先課題として、「脳に衝撃が加わる時間を極力減らす練習体系の確立」を挙げています。

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正道会館・湊谷コーチ。選手生命への意識の高さに溢れた指導が特徴的。

 プロ格闘技や空手の大会で多くの名選手を輩出し続けている、正道会館の湊谷秀文コーチは私が知りうる中でも、もっとも安全と危険に対する意識の高い指導者のひとりです。ガチンコでやるスパーリングのラウンド数は○ラウンドまで、また軽いスパーリ


ングのラウンド数は△ラウンドまで、というように制限をしているそうです。私も直接ご指導をいただいたことがあるのですが、「パンチのときに、ここに頭があったら危ないでしょう」というような言い回しを自然にされるのです。他の多くの指導者が、「こっちの方が強く打てる」というロジックを展開される中、湊谷コーチの選手への愛にあふれたご指導に胸を打たれました。選手が倒れたときにも、真っ先にアクションを起こされる姿も印象的でした。

 

 パンチドランカーになってしまう選手とキャリアが長くともほとんどならない選手がいるということは、意識的にせよ無意識にせよ、ドランカーにならない選手というのは何かしらの方策を取っていた可能性が高いといえるでしょう。練習体系や時間の配分のみならず、ファイトスタイルも大切です。「ディフェンスをせず打ち合い、どつき合いで観客を喜ばせるタイプ」の選手は、脳へのダメージの蓄積が大きくて、「脳」という視点から考えると危険度は大きいといえます。

 普通は、リングを降りてからの人生のほうが長いです。将来を見据えた上で格闘技を捉えていくとすれば、ディフェンスの技術を徹底的に磨く必要がある。やはり脳を守る上でも、選手生命を長くする上でも、選手をリタイヤした後においても、最優先されるべきことだと思います。攻撃は、素人でもできます。選手が選手たる由縁、格闘家が格闘家たる由縁は、「相手の攻撃に対応できるか」だと思います。プロの第一線や世界レベルでやるとなると、ディフェンスの技術が高くないと絶対やれません。「俺は攻撃型だから」と言って、とにかく攻撃の練習ばかりやるのではなくて、やはりディフェンスの時間をちゃんと割くことを意識的に行っていくことが大切だと思います。

同時に、ディフェンスの技術、もらわない技術をもっと評価の対象に挙げるような流れも必要でしょう。ディフェンスと言っても、ガードを固めたり、ブロックするのではなく、「もらわない、食わらない、避ける、外す」を最上位の概念として、ガードやブロックはどうしても避けられないときの保険として二次的なものに位置づけることで、脳のダメージの軽減につながります。

 昇級審査、昇段審査、プロテストなどの評価においても、やはりディフェンスやポジショニングをきちんとちゃんとできる実践者に級や段、帯、ライセンスを授与する。そのためにも指導者側もちゃんとディフェンスを見る目を持たないことには始まりません。

 良いパンチ、良い蹴り、良い関節技、良い投げ技、など攻撃を評価するのは、少し格闘技に詳しい人間なら可能です。経験のある指導側が「もらわない技術」を適切に評価することで、攻防一体の技術のさらなる発展が見込まれます。

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日本人でルンピニーランカーとなった藤原あらし選手。ディフェンスも一流です。

 

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「打ち合い」は素人でもできるが、「もらわない技術」こそ修練の証。

 

【シャドーでわかる脳を守る意識】

 ちなみに選手がディフェンスを意識してるかどうか、それはシャドーで簡単に知ることが可能です。「シャドーをやってみてください」と何のヒントもなしにいきなりシャドーをぽんとやってらうと、攻撃だけのシャドーをやってしまうか、ちゃんとディフェンスやもらわない動きを混ぜるかで、選手のディフェンスに対する意識はもちろん、試合に対するイメージも伝わります。

 シャドーでもディフェンスをきちんとやる選手は、つねに試合を意識したシャドーをやっていますので、シャドーがあたかも試合をしているように見えます。傍目に見ても、「この人は今、脳がフル回転して、イメージをはっきりさせてやっているんだな」とわかります。「もらわないで動く意識」や「ディフェンスの意識」がきちんと自分の技術の中に組み込まれている選手は、クリーンヒットをもらいにくく、実際に練習と試合のギャップも浅いのではないか、と現役選手とのトレーニングを通じで感じます。逆にシャドーでも他の練習でも、攻撃しかやらない選手というのは、まず自分がやられることを想定していません。「相手が目の前にいて試合をしているイメージ」が足りないので、試合と練習の間のギャップが大きく、その結果、ディフェンスもおろそかになってしまう傾向を感じます。

 

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シャドーは選手の身分証明書

 

Dr.Fの格闘技医学 第2版(秀和システム)より

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