パンチドランカー(3)パンチドランカーチェックリスト11
【パンチドランカーチェックリスト11】
格闘技医学会では、11項目のパンチドランカーチェックリストを作成し、現場での意識向上にご活用いただいています。これらが大丈夫であれば、パンチドランカーにならないというものではありません。これらの項目に気を配りながら、身体の状態を客観的に評価して欲しいのです。11項目のうち、もし一つでも引っかかるものがあれば、医療機関を受診の上、医師の診断を仰いでください。
①物忘れが目立つ
②集中力が落ちてきた
③感情的になりやすい、冷静さを欠く
④相手の動きに対して反応が鈍くなっている
⑤バランスの低下を感じる
⑥手先が不器用になっている
⑦手足の震えを感じる
⑧頭痛がある
⑨視力低下や物の見づらさを感じる
⑩呂律が回りづらくなっている
⑪相手の軽い攻撃でもダウンしてしまう
【予防プログラムと選手の覚醒】
格闘技医学トレーニングでも、パンチドランカー予防を目的としたメニューをつくり積極的にトライしています。キックの英雄・新田明臣選手(2005年K-1MAX準優勝・現バンゲリングベイ代表)が怪我により戦線離脱し、再びK1のリングに戻ってくる前、しばらく勝ちから遠ざかっていた2004年に共同開発したプログラムで、者さんや認知症の患者さんに対するリハビリテーションや神経内科的メソッドを格闘技の動きに取り入れたものです。
きっかけは新田選手の「練習のとき眠いし、脳がはっきりしない。なんか集中しきれない状態で練習してしまっているので、負けちゃってる気がするんです。どうしたらいいでしょう?」という相談でした。ただ単にミットを蹴る、サンドバッグを叩く、スパーリングをするという練習ではなく、一定の情報入力をして判断し、反応するトレーニングを行いました。たとえば技に番号をつけて、左ジャブが1、右ストレートが2、左フックが3、右フックが4、左アッパーが5、右アッパーが6というふうにして、僕が1256と言ったらそのコンビネーションを即座に行うトレーニングや、新田選手に目をつぶってもらい、ミットを持った僕はこっそりと立つポジションを変えて、「ハイ!」という合図と共に開眼し、一瞬で距離を計り、パンチやキックを繰り出してもらうトレーニング。また4ケタのアトランダムな数字を伝え、すぐにそれをひっくり返して答えてもらうテストなども試行しました。
めまぐるしく変化する情報入力に対して、すぐに反応して体を動かす、体だけでも脳だけでもなく、体と脳をリンクさせるのが目的でした。そうすると面白い現象がありました。試合の当日控室で、「ちょっと脳をはっきりさせたいんで、何かメニューをください」とオーダーがあり、そのときに数字をひっくり返すパターンなどの復習をしたのですが、新田選手は苦戦しているメニューに対して、一つもミスすることなく、全部、完璧に遂行したのです。計算問題にしろ、動きにしろ、いつも以上の違う反応の速さと適格性とスピードがあった。その日の新田選手は、リザーブマッチから快進撃を重ね、「K1史上初のリザーブマッチからの決勝戦進出」を果たしました。試合をする前から脳が完全に覚醒した状態でした。試合運びも危ないところがほとんどなく、安心してみていられる試合内容でした。
パンチドランカー予防のプログラムも、やってどのくらい効果が出るかっていうのは、今のところ実証は不可能です。「やらないよりやったほうがいいじゃないか」という段階ですが、実践者の意識を高めるという意味において必要だと感じています。海外には、スパーリングの後に計算ドリルをやったりして、脳をフル回転させていつもどおりの生活に戻る、スパーリング前に脳をフル回転させて、脳を覚醒させて、集中力を高めてからスパーリングに臨む、そういう工夫をしている選手もいます。
実力が拮抗していると、体力や技術で2倍も3倍も差をつけることが難しくなってきますが、脳については解明されていないことの方が圧倒的に多いため、飛躍のヒントに満ちた領域なのです。
Dr.Fの格闘技医学 第2版より