格闘技医学会 Society Of Fighting Medicine

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KO感覚と医学的背景(1/2) 藤原あらし & Dr.F 

 格闘技・武道を医学的観点から研究する格闘技医学会。その主宰者であるDr.Fが、イサミと共同開発した「KO養成サンドバッグ」(以下、KOバッグ)が人気を博しており、国内はもちろん欧米やアジア等各国から喜びの声が届いている。倒す打撃技術習得に特化したKOバッグはさらなる進化を遂げ、「KOバッグ・エクストラ」(以下、エクストラ)が開発された。

 

・KOの原理とは?

・人体の理解と技術のレベルアップの関係は?

・パワー偏重主義の弊害とは?

・一流選手の思考の秘密とは?

 

 今回は、Dr.Fにその改良点と機能性について詳しく解説をしてもらうと共に、全日本バンタム級やWBCムエタイ等のタイトルを獲得、現在も日本人でありながらムエタイの殿堂ルンピニースタジアムでランキング入りした名選手・藤原あらしを迎え、実際に使用してもらった上で、その感触と有用性について意見を聞いた。(ISAMI)

 

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対人競技では、人体の理解が大きな差になる

 

【解剖学とコースの習得】

 「KOバッグ」の特徴は「携帯できる」という利便性、そして「KO技術の養成」という点にある。頚部から上の部分に当てて倒すメカニズムは、「外力でいかに脳を急速に回転させるか」にかかっている。自分で首を速く振っても絶対に倒れないが、打撃で本人が意図しない方向に外力を加えることで脳は大きく揺れる。これが脳震盪を引き起こす医学的なメカニズムだ。

 さらにその揺らすポイントは頸椎の構造にある。頸椎は7つあるが、一番上の骨は環椎(かんつい)という文字通りリングのような輪の形の骨で、二番目の突起をもった軸椎(じくつい)と環軸関節(かんじくかんせつ)と呼ばれる関節を形成している。頭部を倒す運動や回旋させる運動は、この環軸関節が中心となる。構造上、環軸関節の中心部に向かって打撃が当たっても、頭部は軸ごとまっすぐ後ろに変位するだけで脳は思ったほど揺れない。脳を揺らすには、当たった瞬間、中心軸から外れた方向に外力を伝えなければならない。

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環軸関節の中心部に向かう打撃ではKOできない

「まずは解剖学的位置を理解した上での、打撃のコースが大切です。」(Dr.F)

 

とKOの医学的背景を語る。

 

【スピードを殺さない】

 そして、次に大切なのがスピード。正しいコースでも、ゆっくりとした打撃ではKOは生まれにくい。当たった直後に頭部を急速回転させるべく、MAXスピードを生み出さなければならない。従来のヘビーバッグやミットの練習では、打撃が当たった瞬間、「スピードがゼロになってしまう」弊害があった。

 

 「いちばんスピードが欲しいフェーズでゼロになってしまうことも問題ですが、それに気がつかないまま『倒せない打撃練習』をやりこんでしまい、もっと強く、もっと強く、となってしまって、身体を壊してしまう選手がたくさんいる。それは非常に大きな問題です。」(Dr.F)

 

と彼は憂慮する。「KOバッグ」「KOバッグエクストラ」は当たった瞬間のスピードをMAXにして振り抜くことができる。さらに、振り抜いてすぐ引いてくることもできる。さらに、これらはMAXスピードでヒットすると、「くの字」に曲がる特徴を持つ。KOにつながる技かどうか、ヴィジュアル的に確認することができるのだ。

 日本初の「変形するサンドバッグ」を実際に蹴ってみた藤原も、ヘビーバッグとの大きな違いに気付いた。

 

「これだとインパクトを確認できますから、僕はハイキックの練習に役立てたいですね。ミドル以上に、ハイキックは瞬間的なインパクトが大切なので。ヘビーバッグだと重いのでどうしても膝を曲げておいて伸ばす、「蹴り負けない動き」になってしまう。無意識に『ヘビーバッグを押す動作』が入ってしまいます。押している打撃と、KOできる瞬間的なインパクトとは違うんです。膝を伸ばした瞬間にあたる時の方が、当たっている面積が小さく、接している時間が短い分、ダメージとして伝わるんです。」(藤原)

 

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あらゆる技術を試した藤原あらし

 

「ヘビーバッグの利点はパワーアップにあります。重い分、蹴った時の反作用によってエキセントリックな収縮が発生しパワーがつく。その意義は十分にあります。試合は、パワーを持った同士が競う場だから、今度は針を通すような繊細さが武器になる。」(Dr.F)

 

力強さと繊細さーーーそれは藤原が戦う軽量級の世界ではなおさらだ。

 

 足に伝わる反作用の重さゆえに、蹴り応えを感じて「この蹴りなら絶対に効かせられるな」と過信してしまうこともある。しかしながら、「重さ」と「効かせるインパクト」は必ずしもイコールではない。技を強化するために基礎体力を上げる時期も必要だが、試合直前に重いものを無理して蹴ることで、怪我をしてしまうこともよくある。格闘技ドクターとして知られるDr.Fはそのような症例にさんざん直面してきている。

 

【KOの解剖学 -下段-】

 経験則だけではなく、医学の立場から「倒せる技」を検証するのがDr.Fおよび格闘技医学会。世界中で行われているFightologyツアーでは、CTスキャンやレントゲンの写真を用いて人体構造を解説する。それにより、競技者にリアルなイメージをもってもらうのだ。

「例えば、大腿骨は太腿のど真ん中にある、と思われがちですが、実際は股関節から後方、および外側に走っているんです。それから内側に向かって伸びて、膝関節に近づくにつれて前方に走っています。

 解剖学を知り、骨、筋肉、靱帯、神経などの関係性を知ると、どこをどのように蹴ったら効くか、を理解できます。ローキックを何発蹴っても倒せない人と、一発で効かせて倒せる人では蹴っている場所も違うし、蹴る時の意識も違います。解剖を知ることで確信をもって蹴ることができる、というわけですね!」(Dr.F)

 

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CT画像で構造を理解し、KOイメージを明確にする

 構造をリアルにイメージできたら次は当て方。効かせるには、自分の蹴り足の骨で靭帯や骨膜といった痛点が多い個所を、自分の骨と相手の骨で挟み込むように蹴る。そのエリアは非常に狭いため、点で狙う。当てる部位も点で当てる。「点と点を合わせる感覚」を、実際の相手で試し、それをKOバッグでさらに試す。

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自分の骨と相手の骨で、相手の痛点の多い領域を挟み込む

「何となく蹴る」「面と面が当たる」という打撃ではなかなか倒せない。

 

「ローで倒れるときは、意識があります。顔面との違いですね。ローで倒れるのは痛いから。どうやって痛覚を刺激するか、がポイントです。それには点で点を蹴る。やたらめったら蹴る練習の前に、バッグの一か所にテープなりでマーキングしておいて、脛でも足の甲でも踵でも、点と点を合わせる練習をするんです。5cm×5cmで当たる蹴りと、1cm×1cmで当たる蹴りは、理論上は25倍の差がある。ということになりますから。」(Dr.F)

 

【KOの解剖学 ーボディー】

 さらにボディーでのKOの場合。ローと同様、痛みで倒れるのだが、痛みの種類は全く異なり、「内臓痛」で倒れる。腹部には腹膜を支配している感覚神経群がある。そこに刺激が入力されると、腹部全体が「どよーん」と重くなって動けなくなる。

「ハッキリしない苦しい鈍痛」がボディーでのKOで正体だ。そして、内臓は強固な腹筋群に守られている。腹筋群のバリアをいかに解除して刺激を到達させるか、がボディーKO最大のポイントだ。硬い物をぶつけると腹筋群も反応して強く収縮してしまい、内臓を包む腹膜まで衝撃は届かない。

 拳でも前蹴りでも膝蹴りでも同じこと。そこで、当たった時には柔らかく、中の腹膜に衝撃が到達した深さで硬くする。これで効果的に効かせられる。「KOバッグ」「エクストラ」を中段の高さにセットし、パンチなら拳がバッグにフィットした時は拳を握り込まずに柔らかく当てて、バッグの中心あたりに拳が到達したタイミングで初めて強く握る。膝蹴りや前蹴りも極力柔らかく当てて、その後にグッと硬くする。打撃を硬く当てると向こう側まで動いてしまうが、「柔らかい→硬い」がボディーKOの秘訣なのだ。

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あたる瞬間は柔らかく

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腹筋群の収縮を極力防いで、刺激を内部に到達される

 

 【パワーとインパクト】

 とにかくバンバン蹴り込んで、ウエイトトレーニングして筋肉をつけて重い蹴り、強い蹴りを求める。

 

「もちろんそれも大事なことです。競技をやる以上、『器を大きくしていくキャパシティーの拡大』の必要はあります。同時に、ひとつだけの方向性には必ず限界が来る。限界を感じている競技者には、『器の中身を凝縮する』作業が有効かも知れませんね。」(Dr.F)

 

 このパラダイムの変換をDr.Fは推奨する。

 

 タイの名門、ポープラムックジムで練習した経験を持つ藤原も、「タイでは重くて硬いバッグを見たことが無い、蹴ったら曲がるようなバッグだけしかなかった」と回想する。そして練習の目的もやはりインパクトを重要視したものが主だった。

 

 「膝蹴りにしてもミドルにしても一発入れたら、くの字型に曲がる。そうやってインパクトを意識する練習でした。ドシーンと押すように蹴ってしまうと、くの字型にならないで、バッグごと大きく振られてしまう。僕の中で一番良いミドルというのは、ヘビーバッグにミドルを入れたら、蹴り足を引いた時にまだ蹴ってへこんだ部分が残っているようなもの。面で当たっちゃうとふっ飛んでしまうだけです。」(藤原)

 

 サンドバッグが大きく揺れるのは必ずしも良い技が入ったわけではないのだ。体重制で行われるムエタイであるがゆえ、そして藤原も軽量級戦線で戦う選手だということで、早い段階でその違いに気づき、パラダイムシフトを行った。結果、実力発揮に繋がっている。(2へ続く)

藤原あらし(ふじはら・あらし)

K-1でも活躍した新田明臣率いる、バンゲリングベイ所属。全日本やWPMF世界、WBCムエタイをはじめとしたバンタム級各タイトルをはじめ、日本キック界において無類の強さを誇る藤原あらし。ムエタイの殿堂、ルンピニーでのランキング入りを果たし、ルンピニースタジアム認定スーパーバンタム級タイトルにも挑んだ。現役選手にして達人的技術を併せ持つ、日本格闘技の歴史の中でも、屈指のテクニシャンである。

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KOバックエクストラ(ISAMI&格闘技医学会共同開発)

isamishop.com

KOバッグ動画 (クエストKOの解剖学シリーズより)

監修:格闘技医学会

協力:イサミ バンゲリングベイ クエス

出典:Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

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https://www.amazon.co.jp/Dr-F%E3%81%AE%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E5%8C%BB%E5%AD%A6-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4798046515

 

 

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