スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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格闘技の運動学  ~視機能と運動1 ゴールの瞬間移動とは?~


格闘技の運動学  ~視機能と運動~

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【身体はどこから動く?】

格闘技の動きにおいて、身体は一体どこから動くでしょうか?

パンチを出すとき、蹴りを出すとき、タックルに入るとき、いろんな部位が動きますが、最初に動くのはどこか、そこから格闘技の運動学をスタートしたいと思います。

 例えばパンチを打つ際、視覚で情報を入力しなければ、対象に対して攻撃することができません。相手の動きを見るのも、距離をはかるのも、ガードの位置を把握するのも、実はこの視覚に頼っています。人間は80パーセントの情報をほぼ視覚に頼っていると言われており、眼球が動き、瞳孔が動き、視覚情報を入力して相手を脳で認知して初めて、効果的に蹴れる、打てる、投げられる。逆に目を完全につぶってしまった状態ですと相手がどこにいるか正確にわからないし、自分の行う運動を脳内で想起することができません。

かつて、盲目の柔道家の方と乱捕りをさせていただいたことがあるのですが、その場合も、やはり組んでからのスタートでした。組んでからの視覚に頼らない動きはそれこそ驚異的。私は、バンバン投げられ、完全に抑え込まれました。それこそ、「見えていないのが不思議なくらい」の強さでしたが、それでも視覚が効果的に使えない場合、接触して初めて戦いが成り立つのです。

格闘技の動きにおいて最初に動くのは眼である以上、戦いにおける眼の機能を獲得することはパフォーマンスアップに確実につながります。普段なかなか意識しにくい部分ですが、運動を理解する上で非常に大切な器官です。

 

 

 【強い人の眼】

 一流選手は眼の使い方が非常に巧みです。打つ場所を集中的に見るだけではなく、いろんなポイントを視野に入れ、多角的に情報を取り入れて瞬時に動くことができます。例えば、カウンターを取るのが得意な選手は、いろんなポジションをとって相手の情報を引き出しながら自分にとって有利な視覚情報を集めておいて、カウンターを合わせます。フェイントからのハイキックが得意な選手は、わざと目線を下げておいて、相手の注意を下に引きつけておいて突然ハイキックをヒットさせる、といった技術が非常に優れています。

 

 逆に負けるときは、「興奮して相手の顔しか見ていなかった」というような一種の視野狭窄状態に陥ることがあります。格闘技において、視点を上手にコントロールすることが技の威力につながったり、視野の切り替えが試合展開を左右することがあったりと、勝ち負けにも非常に重要な要素となってきます。普段の生活でも、「駅のホームの向こう側の人と目があった」とか、「誰かの目線を感じる」など、人間は視られることに対して、非常に敏感な生き物。視機能を向上させることは、強さに直結します。

 

【視点と打撃の威力の関係 パンチ編】

 さて、ここで実験をしてみましょう。2人組となり、パートナーはミットを構えます。選手は、パートナーに向かってミットにストレートパンチを打っていきますが、最初はミットの当たる部分を見て打ちます(A)。次に、ミットよりも先に視点を置いてパンチを打ちます(B)。AとB、動きは基本的に同じままで、ただ視点を置く場所だけ変えてやってみましょう。

 

まずはAです。

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A 視点はミット上(正面)

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A 視点はミット上(側面)

 

続いてB

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B 視点はミットの先(正面)

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B 視点はミットの先(側面)

 AとBで、ミットに受ける衝撃の大きさは変わります(A<B)。ミット相手に向けると、選手はそのミットの打つ場所だけを見て打ってしまうことがあります。ミットの表面を見て打つとパンチ動きはミットの表面で止まってしまいます。そうではなくて“動きの目指すゴール”であるBに目線を先においてから動く。そうすると、身体全体も「その位置まで動こう」という風に変わるんですね。人間の身体にもともと備わっている、定めた視点に向かって身体を運用する特性を生かすわけです。

 

  サッカー選手がシュートの時、ゴールネットを突き破るつもりでネット先に視点を置いて蹴ると鋭いシュートになる。ピッチャーが剛速球を投げるときも、キャッチャーに照準を合わせるのではなく、キャッチャーの後ろのバックネットめがけて投げると球威が増す。 これらと原理的は同じなのですが、対人競技である格闘技の場合、ゴールやキャッチャーと違って相手選手も動くので、どうしても相手の顔面なら顔面、腹なら腹、という表面を追うので精いっぱいになりがちです。そこからわずか数センチ先を見ることができるかどうか?これが大きな差になってきます。

 

 視点による威力の違いを理解したら、ぜひAを視て、次の瞬間に視点をBに移動させる、という技術も試してみてください。

 

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ゴールを瞬間移動させる

 

 A→Bのわずかな動きの中で、眼球運動にかかわる筋群はもちろん、瞳孔や眼の周りの筋群、顔面の筋群も動きます。人間が何か目標物に手を伸ばす際のスピードは、「ゆっくり→速く→ゆっくり」の過程を必ず経ます。

 

 動かし始めは遅く、加速に従ってスピードは速くなり、届くときには拮抗筋群が収縮してブレーキがかかるため遅くなる、というわけです。パンチや蹴り、タックルが当たる場所を「ゴール」として動いた場合、最後のフェーズで「ゆっくり」が出現してしまいますから、それを防止する意味でも、「ゴールを瞬間移動させるテクニック」は、最速スピードを保ったまま技を振り抜くのにとても役立ちます。(後述のKOの解剖学でもこの最速スピードを生み出すテクニックは応用可能です)

 

 技のフォームや動きを見直す際には、「視点はベストな位置にあるかどうか」チェックしてみてください。そして「視点の瞬間移動」も意識して行ってみてください。適切な眼の使い方が見つかれば、その後の動きに変化が現れます。

 

(続く)

 

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