スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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格闘技の運動学  ~視機能と運動2 動く相手をどう捉える?~

【視点と打撃の威力の関係 キック編】

次はこれを蹴りで実験してみましょう。

 

A:ミットの当たる表面に視点を固定して蹴るパターン。

B:ミットを蹴りこんだ先に視点を置いて蹴るパターン。

 

パンチと同様に、AとBを比較した場合、Bのほうが伝わる力が大きいことがわかると思います。またA→Bも実験してみましょう。人間の動きが視点に引っ張られる特性が強さにつながります。

 

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A 視点をミットにおいたキック

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B 視点をミットの先においたキック


 

【視点の置き方と前に出る力】

「ここは前に出ないと勝てない」「相手を下がらせる必要がある」「プレッシャーをかけて追いつめたい」格闘技・武道の試合で勝利へのキーポイントになるシチュエーションでも、「視点をどこに置くか」で、前に出る力が大きく変わってきます。

相手の胸に視点を置いてパンチを胸に連打する動きと、相手の胸より数センチ先、「パンチを打った結果、相手が少し下がるであろう場所」に視点を置いてパンチを打つ動きでは、同じ胸部への連打でも、受ける側の力が全く変わってきます。

  前に出る力が弱い選手は、多くの場合、相手の胸や腹など「A打つ場所」に視点をセッティングしてしまっています。ですが、実際にパンチや膝蹴りを出すことで、どういう状況をつくりだしたいかというと、「相手を後ろに下げたい」わけですね。そうすると実際に当たる場所ではなくて、「B相手が少し下がったと仮定したところ」に視点を置くのです。「今から行う動きの目的の方向」に視点を飛ばして動くというわけですね。この作業を加えることで、身体は視覚情報を元に、「次の瞬間どこにあればよいのか」を察知し、その通りに自らを運ぼうとします。

 

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AとBの違いを理解する

 このようにパンチや蹴りの動き自体は大きく手を加えずに視点の置き場所を変えるだけで、全く質の違う動きになります。受ける方のミットの圧力も全く変わってきますし、組み合い、差し合いのおいても、視点の置き方で発揮できる出力に変化が見られます。

体力や筋力の割には「圧力がないな」「前に出る力が弱いな」「さがって負けてしまう」という選手は、その原因を筋力だけに求めず、ぜひとも視点と動きの関係に着目して練習してみてください。

  視点を「次の瞬間そうなってほしいところ」に先におきつつ、動く。すると身体は素直にそれに合わせて運用されます。これは格闘技・武道のあらゆる動きにおいて共通する「使える公式」といってもいいでしょう。

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次の瞬間を捉えよう



 

【動く相手の捉え方】

動く相手をどうやって捉えるか、そのときの視機能の使い方について考えてみましょう。

  まずはミットが止まった状態で打ちます。ミットが止まった状態というのは視覚でも捉えやすいと思います。実際の試合でも相手が素早く動いている時はなかなか技がヒットしにくいですが、何かの拍子に相手が止まってしまった瞬間というのは非常に攻撃が当たりやすい。逆に、普段止まったミットやサンドバックばかり練習している選手は、「ミット打ち」「サンドバッグ打ち」は非常に上手になるのですが、実際に試合で動く相手に当たるかというとそれは全く問題になります。その理由は、「止まった対象物を視る機能」と、「動く対象物を視る機能」は、同じではないからです。練習の段階でもパートナーは、ミットを動かし、常に距離を変えていくという負荷が、上を目指す選手にとって重要になってきます。

 

動く相手を捉えるときにも、どこを視界に収めるがポイントになります。ミットを例にとりますと、ミットそのものを見てしまうと実はミットの動きは非常にわかりづらくなります。例えば相手の顎をパンチでとらえたいとして、相手の顎だけを見てしまうと、動いたことが認識しづらくなってしまいます。

 

 ここで動く相手をとらえる実験を行ってみましょう。

 

パートナーはミットを持って、選手に向かって構えてください。ミットを前後にゆっくり微妙に動かして、選手はミットが前に来たと思ったら、「前に来た」と言ってください。選手は、視点の次のAパターンとBパターンに分けて行います。

 

A:ミットに視点を合わせた場合

B:ミットと共に後ろの背景も見た場合

 

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A ミットに視点を合わせた場合

 

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B:ミットと共に後ろの背景も見た場合

 いかがでしょうか?AよりもBのほうが、わずかな動きをとらえやすくなるのが実感できると思います。Aはミットしか見えていないため、像の大きさの変化に気がつきにくいです。いわば1点を凝視している状態ですね。Bは、後ろの背景という不動の情報がベースにあるためミットの像の大きさの変化が非常にわかりやすい。これは、背景を視野に収めることにより、背景と対象物の距離の「差」で「動き」を捉えるからです。

 

真っ白の紙の上にある点が移動するのと、縦と横に罫線が引いてある紙の上にある点が移動するのでは、後者のほうが移動していることが解りやすい、この原理と同じです。野球などでボールを捕るときに、「よくボールを見て!」という声をかけられますが、運動音痴だった私は、その声を聞くたびにしっかりボールだけを見てしまい、結局エラーしてチームメイトの冷たい視線を一身に集める、という悲しき思い出がたくさんあります(涙)。ボールとその背景の景色を一緒に見るようにすれば、ボールの動く先も予測しやすかったはずです。

 

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大切なのは「背景を捉える」こと

 

動く相手を捉えたいときは、相手だけでなく、後ろの背景も情報として入力することによって非常に捉えやすくなるわけです。「相手をよく視て」と「相手と背景をよく視て」は似ているけれど違うアドバイス、というわけですね。

 

(続く)

 

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