スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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弁護士とドクター対談(3)~「子供を保護している」といえるのか?~

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―――前号に引き続き、Dr.F、岩熊弁護士、加藤弁護士の座談会をお送りします。今後もうまた、格闘技・武道の諸問題について医学的、法的な立場から切り込んでいただきたいと思います。今、全国で様々なルールや形態の大会が開かれていますが、安全対策含めましてどのように感じていらっしゃいますか?まずはDr.、率直にお聞かせください。

 

Dr.F  私の場合は、ジュニア選手、一般選手、選手のセコンド、大会ドクター、安全講習のゲストなど様々な形で大会に関わらせていただきました。それらの経験から感じるのは、大会によって、安全管理、安全意識に大きな格差があることです。

 

――――大きな差とは具体的にはどのようなものですか?

 

Dr.Fしっかりした主催団体は、大きな大会ではドクターが複数待機し、ドクター以外の医療者、ナースや理学療法士柔道整復師、といった有資格者が医療班としてきちんとチーム医療を実践できるような体勢をとっていました。責任の所在もしっかりしてますし、連携もスムーズです。なによりも主催サイド、そしてプロならレフリーやアマなら審判団、そして医療班。これら3者の間にコミュニケーションがきちんと取れていますので、主催として大会を開催するに相応しい準備が整っている印象を受けました。

 

――――それ選手もとても安心ですね。そうでないケースはいかがですか?

 

Dr. F「え?」と思うよう経験もしています。ある400人規模のアマチュア大会に、格闘技医学の講師として招聘いただいた時のことです。そのこと自体は有り難いのですが、事前に主催に「大会ドクターは別にいますか?」と確認したら「大会ドクターは別にいます」ということだったので、あくまでセミナー講師としてその大会に参加する形だったんですね。会場に到着して、主催者の方に「大会ドクターです」とご紹介いただきご挨拶したんです。で、名刺を交換したら、ドクターではなかったんです。

 

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――――え?ドクターではなかった?それはどういうことですか?

 

Dr.F 名刺は、地元の接骨院の院長でした。ビックリしました。たまたま自分がその場にいたから「医師不在の大規模大会」とはなりませんでしたが、幼稚園児からから壮年まで選手が400名近く参加している直接打撃制の大会で、医師不在というのはどうかと思います。

 

――――もし何か事故があったら、Dr.Fにも責任が及びそうな話ですね。

 

Dr.F そうですね。医師として眼の前の命の危険に対応するのはある意味職業的本能に近いので、「いや、やりません」とはなりません。が、最低限の医療機器も無い、近くの救急病院との連携も取れていない、AEDの準備もない、物理的にも心理的にも準備もない、責任の所在も不明確・・・そんな状態で、出来ることは限られてしまいます。丸腰の消防隊員が「火を消せ」と言われるようなものです。

 

――――それはよくないですね。主催の方はなぜドクターを招聘しなかったのでしょうか?

 

Dr.F その理由は伺っていないのでわかりませんが、実際に医師不在の大会は少なくないようです。関係する全ての大人は、医師とそれ以外の医療従事者、医療類似行為者の違いは知っておくべきだと思います。大きな事故が1件も起きなくても、それはあくまでも結果論であって、「命に関わるレベルの判断と対応」ができる医師がその場にいる、という事実が安全につながるので。

 

 

――――貴重なご体験をありがとうございました。大会を開催する以上、主催者としての責任が伴うわけですね。岩熊先生、主催者の責任について聞かせてください。

 

岩熊 主催の責任については、我々の業界で有名な裁判例があります。それは、高等学校の課外のクラブ活動の一環として開催されたサッカー大会の試合中に発生した落雷事故により生徒が負傷した事案で、裁判所は、大会主催者の責任について次のように判示しました。

 

「本件大会運営担当者は、本件大会が、高等学校における教育活動の一環として行われる課外のクラブ活動の参加により成り立っていることからすれば、本件大会に参加する生徒の安全に関わる事故の危険性をできる限り具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、本件大会に参加する生徒を保護すべき注意義務を負うものというべきである。」

 

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ここにいう「生徒」を「選手」に置き換えると、あらゆる競技に当てはまるのではないでしょうか?

 

Dr.F 岩熊先生、有意義な例をありがとうございます!僕自身、何となく主催の責任を大まかに捉えていたのですが、今、ハッキリ理解できました。1)事故の危険性の具体的な予見 2)予見に基づいた防止の措置 3)選手を保護する注意義務

主催をやる以上、これらの責任が必然的に生じる、というわけですね?

 

岩熊 そういうことになりますね。前回も触れたことですが、まだ小学校低学年か入学前の小さな子供がヘッドギアをつけてお互い殴ったり蹴ったりする動画を見ました。子供の安全を考えると、そもそも殴り合うような対戦をさせること自体、「(選手である)子供を保護している」といえるのか?、という疑問があります。

 

 

 また、ヘッドギアやグローブについても、その規格が選手の頭部への衝撃を抑えるのに適しているのかという問題もあります。さらに、Dr.Fもご指摘のように、もし選手が倒れた場合、直ちに救護措置にあたることができるだけの体制が整えられているのかという問題もありますね。

 

 

 

Dr.F 岩熊先生、ありがとうございます。スポーツ法律問題の専門家の目線はとても貴重です。格闘技・武道の内部の論理や常識だけで物事を推し進めていったとして、何か起きたときに、それをジャッジするのは一般社会であり、国内であれば日本の法律やモラルが基準になると思うんです。ですから世間一般から見てどうか?という視点は忘れてはいけないですね。格闘技を修行しながら、弁護士としても活躍されている加藤先生は、主催者の責任をどのようにお考えですか?

 

加藤 一般に、誰かに責任が発生するには、故意または過失が存在しなければなりません。故意とは、わざと、という意味です。意図して加害行為を行う場合です。

 

 もっとも、格闘技の場合は、対戦相手に傷、ダメージを与えることを本質とします。お互いが了解のもと、適正なルールに則って、行われる限り、適法とされます。ですので、格闘技の大会で、誰かに法的責任が生じる場合とは、そもそもルールに従わないで、相手を痛めつけてやろうということが起こった場合に限定されます。過失とは、うっかり、という意味です。適正なルールに従ってやっているつもりだけど、不注意で、想定外の行動に出てしまった場合です。大会主催者側に責任が生じる場合とは、大会主催者側に上記の意味での、故意または過失が存在した場合です。

 

――――加藤先生、具体的に、どんな問題が想定されるのでしょうか?

 

まず、大会のルールそれ自体に問題がある場合です。

「そんなルールで試合させたら、大会を開催したら、大怪我する、重大事故が起きることが合理的に予想できる場合」です。例えば、成人男性同士の試合に限定すると、急所と呼ばれる中でも、眼への攻撃、背後から後頭部への攻撃、抵抗出来ない状態で横たわる相手への頭部踏み付け行為を許すルールとなると、それは、もう殺し合いに近く、大会主催者は、それ自体違法行為の教唆幇助を行なっているのと同じであり、死亡や失明、神経麻痺などの傷害事故が発生したときには、過失責任どころか、故意責任も生じかねません。選手としたら、このようなルールの大会で試合を行うこと自体、決闘罪に当る可能性もあります。そのときは、大会主催者側も決闘立会人として、同等の罪になります。

 

岩熊 ルール設定自体が、格闘技・競技の範疇を超えてしまっている場合、ということですね。

 

加藤 おっしゃる通りです。岩熊先生がご覧になったという子供の大会も、「果たして子供にとって適切な競技なのか」というところが重要になると思います。

 

Dr.F 欧米で、子供のMMAやキック、ボクシング、フルコンタクトカラテの試合自体が禁止になっている国や州がありますが、適切かどうかの検討の結果、法や行政レベルで決定されているんですね。

 

 僕は決して「日本も禁止にしましょう」と言っているわけではなく、「日本の格闘技・武道の競技はどうあるべきか」を考えるべき時期なのかな、という気がしています。良い面もたくさんある身体文化、精神文化であるからこそ、また武道発祥の国だからこそ、その面でもリードしていってほしい気持ちが根底にあります。それには、過去の事例を検証して生かしていく作業が必要だと感じています。

 

(その4に続く)

 

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