スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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現役ドクター3人座談会③ コンタクトスポーツの悲しき代償

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ーーー前回の3人のドクター対談は、おそらく日本格闘技界で初めてのことで、お陰様で反響も大きかったです。今号でも引き続き、3人のドクター対談をお願いしたいと思います。格闘技・武道が広まり、いろんな方が楽しめるようになった一方、練習や試合でダメージが蓄積してしまい、続けたいのに続けられなくなる方も少なくないようです。そこで、お三方に、「格闘技が内包するリスク」について、伺えたらと思います。まずはDr.F、よろしくお願いします。

 

Dr.F そうですね、格闘技や武道で当たり前に行われているけれど、あまり危険性が認識されていない代表格として、とりあげたいのが「パンチドランカー」の問題です。

 

今までの連載でも書籍でも、何度も言及してきたんですけど、パンチドランカーは本当に恐ろしいです。人間が人間たる中枢が壊れてしまうわけですから、ありとあらゆる問題が、その人の人生に降りかかってきますし、家族や周囲まで巻き込む事例、犯罪や自殺に至った事例もあるんです。

 

 

―――え?犯罪や自殺もですか?

 

Dr.F はい、K1ヘビー級で大活躍した人気選手、マイク・ベルナルド選手は重度のうつ病を患い、何度も自殺未遂をした挙句、薬物の大量摂取で(最後はナイフで首を切ったという情報もあり)、非業の死を遂げています。

 

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K1ベルナルドさん急死、薬物大量摂取か - 格闘技ニュース : nikkansports.com

 

守秘義務も絡むことなんで、僕も詳しい病歴を把握しているわけではないですが、

 


・もともと「うつ病」の素因があったのか? 

・「パンチドランカー」として発症したのか? 

うつ病がベースにあって打撃でさらに悪化したのか?

 

に関しては、明言できませんが・・・。確実に言えるのは、パンチドランカーの症状のひとつにうつ病などのメンタルの変化がある、ということですね。

 

 あの極真、K1の英雄であった鉄人・アンディー・フグを壮絶KOでぶっ倒した、超人ベルナルドが、、、と思うと、今でも何とも言えない切なさがこみ上げてきます。今後、パンチドランカーを1例でも減らすためにも、彼の事件を風化させてはいけない、と強く思います。

 

―――たしかに有名選手の自殺のニュースは当時衝撃でした。そして、その検証も大切ですね。パンチドランカーとは医学的にはどんなものなのでしょうか?

 

Dr.F パンチドランカーは正式には慢性外傷性脳症(CTE)と言います。慢性的に脳にダメージが蓄積され、脳細胞に不可逆的な変化が起きる病態のことですね。CTEでは、脳が揺らされた結果、脳全体の細胞がダメージを受けます。

 

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この写真をご覧ください。左がNormal Brain(いわゆる正常の脳)、右がAdvanced CTE(進行した慢性外傷性脳症)で、これはアメリカで解剖された実際の脳の断面です。

 

ーーーうわぁ・・・、素人目にも、明らかに右の脳が委縮しているのがわかります。

 

Dr.F そうなんです。慢性外傷性脳症では、脳細胞がびまん性に、つまり特定の部位ではなく、全体的に壊れていくんです。ですから症状の出方も様々で、多種多様です。

 

 代表的なものとして、身体の震え、呂律が回りにくい、バランス感覚が悪い、手先が不器用になった、物忘れがひどい、集中力が落ちた、判断力が低下した、感情がコロコロ変わる、うつ的で悲観的、暴力や暴言、攻撃性が強く怒りっぽい、社会性に乏しく幼稚な傾向、性的羞恥心の低下、病的な嫉妬、被害妄想的なとがあげられますね。

 

―――元格闘技者、元ボクサーの犯罪のニュースが目立つのも、やはり関連があるんでしょうか?

 

Dr.F 現時点で、「どこまで相関があるか」についてはわかりませんし、環境や背景の問題も絡むので難しいところですが、「全く無関係」とは言い切れないでしょう。格闘技ドクターの立場としては、1%でもその可能性が考えられるならば、ゼロに近づける方法を考えて、予防や治療を実行する、知識を共有する、ということになります。

 

―――それは実践者にとって大切ですね。藤崎ドクター、鞆ドクター、今、話題に上がりました慢性外傷性脳症(パンチドランカー)の問題については、どのような見解をお持ちですか?ぜひお聞かせください。

 

藤崎 「慢性外傷性脳症」はボクシング等の打撃系格闘技だけに限らず、「コンタクトスポーツにより繰り返される脳震盪、頭部への外傷から脳に障害をもたらすこと」と定義されていて、二重作先生が仰ったように様々な症状が出てきます。

 

この「慢性外傷性脳症」に関しては2017年に米国から衝撃的な報告がありました。元アメリカンフットボール選手の死後の脳研究で202名のうち177人(86%)に慢性外傷性脳症の所見が見つかったということでした。このうち最高峰のNFLプロフットボール選手には111人中110人(99%)に慢性外傷性脳症の病変がありました。

 

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米アメフト選手の99%が脳障害 米国最大人気スポーツに再び衝撃: J-CAST ニュース【全文表示】

 

―――そんなに高いパーセンテージだったんですね!驚きです。

 

 

Dr.F NFLの元選手たちが訴えたニュースは目にしていましたが、改めて数値を伺うと、ビックリです!

 

藤崎 もちろん、この研究に提供された方々はアメフト選手のごく一部の方々で、生前に神経症状があった方々が多かった可能性もあるため、アメフトと脳障害の直接の因果関係を示すことは出来ません。

 

 現時点ではコンタクトスポーツと慢性外傷性脳症の研究は十分とはいえず、「関係はあると推定されるが、その原因とメカニズムはまだ不明」というのが現状です。ですから、日本の格闘技界でもこういったリサーチが必要かもしれません。

 

 

―――不明だからこそ、予防や研究が大切、ということですね。

 

 

藤崎 おっしゃる通りですね。練習の時から様々な防御技術を磨くことが重要だと思います。「打たれないことがパンチドランカーの最大の予防策」だからです。スタミナが切れたときにガードが甘くなったり、フットワークのスピードが落ちたりします。

 

 スタミナが落ちた時でもしっかりと相手の打撃から防御するテクニックを身につけることが大切だと思います。また、前回も話題にあがった過度な急激な減量は、反射神経を落とします。そういった減量を避けることも、ダメージを蓄積させない重要なポイントになります。

 

鞆 私も、練習の時に防御技術を磨くことが非常に大切だと考えています。

 アマチュアボクシングのリングドクターをしている時、新人戦では防御がしっかりと出来ていない選手が多く、顔面でもろにパンチを受ける場面が多く、実際にRSC(レフリーストップ)も多いため、とても気を使います。アマチュアボクシング連盟でも普段から指導者には「防御技術をしっかりと身に付けるように」と指導がなされてますが、それでも十分とは言えない状態です。

 

 練習などでは、実際に頭部への打撃は極力避けるように、ジムでも指導を徹底しないといけないと思います。ボクシング選手にパンチドランカーが特に多い事を考えると、指導者を含めて徹底が必要だと思います。

 

藤崎 鞆先生、ありがとうございます。個人的興味で恐縮ですが、ちなみにアマチュアボクシングではヘッドギアがなくなりましたが、それに伴う試合内容の変化はございましたでしょうか。

 

鞆 藤崎先生の御指摘通り、アマチュアボクシングではAIBA国際連盟のルール変更に伴い社会人に関してはヘッドギアが数年前になくなりました。それによる、試合内容での変化ですが、実際の統計は不明ですが、私の印象としては少しRSCが増えたような気がします。

 

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ボクサーたちが「ヘッドギア」を着けなくなった理由 | WIRED.jp

AIBA国際連盟が変更した理由はヘッドギアをしていない方が、ダメージが少ないという医学的なデータが一つの理由とされています。物理的には一撃のダメージの差は当然ヘッドギアをしている方が少ないんですが、少ないが為に、なかなか倒れず、頭部への攻撃を受け続ける為、結果としてダメージの総計が大きくなるのではないか、という推察がベースになっております。

 

Dr.F 両先生の話題は、僕も気になっておりました。安全のためのヘッドキアが、データの蓄積により、被弾の確率が上がるため外したほうが安全かも、というのが発表当時の説明だったと記憶しています。

 

 「安全は生き物である」ということ。つまり、ある結論が、データによってくつがえることがある、ということを僕も含めて、関係者は知っておく必要があるな、 ということを感じました。

 

(④に続く)

 

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