スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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マイク・タイソン強さの秘密② 顔認証システム

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ーーーなるほど、ということはタイソンの場合、逆の戦術ということなのですね。

 

Dr.F まさしく。ヘビー級の中では小柄でリーチも短かったタイソンは、このピーカブースタイルで構えることによって、「相手との距離をゼロにする戦術」を実行したんです。距離が「ゼロ」になれば、離れ際に有利なのはどちらでしょう?

 

 

ーーーあ! 短い選手の方が先にパンチを当てられますね!

 

 

Dr.F 正解です! 彼のピーカブースタイルは、相手との距離をゼロにするのに最も適した構えだったんです。これ、拳を前に出して構えると、距離をゼロにしづらいですよね?

 

ーーー確かにその通りですね。自分のグローブと自分の顔面の空間の隙間に叩き込まれるリスクも生じますね。

 

Dr.F そうなんです。グローブを自分の顔面に近づけるメリットは、相手の空間を与えない、という側面もありますよね。彼は相手の制空権まではこの構えのままツカツカと歩いていきます。で、相手の制空権、つまり「相手のジャブが自分に当たるか当たらないかくらいの距離」になった瞬間、ガクンと重力方向に沈むんです。

 

 

ーーーつまり、相手の視界から消えてしまう。

 

 

Dr.F はい。そして消えた次の瞬間、「ジャンプ動作+パンチ」をヒットさせるんです。相手は、下に沈まれたら、つい眼で下を追っちゃいます。自分より小さなタイソンが、さらに小さくなったと思ったら、突然ドンっと網膜に映る視覚情報がデカくなるわけです。

 

人間の視覚は、時間の経過とともに小さくなっていく像を「離れていく」、大きくなっていく像を「近づいてくる」ように認識しますが、タイソンは下に沈んだ瞬間、相手からすれば視覚情報として小さくなっているにもかかわらず、距離的には近づいてしまっているわけです。ですから相手の脳には「一瞬離れた」ように認識される可能性があるんです。

 

ーーーうわぁ……。高等技術だったんですね……。

 

Dr.F ダンプカーが近づいてきたら怖いですが、近づいてきて離れたら、その瞬間、ちょっと安心しませんか?

 

ーーーはい、今その場面を想像してみたのですが、離れたら安心しちゃうと思います。タイソンの対戦相手も、これと同じような現象が起きていると考えられるわけですね?

 

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Dr.F そうですね、映像で倒れ方や倒れた直後の反応を見ても、「見えてない人の倒れ方」に見えるんですよね。何が起きたか分かっていないような。いわゆる防御反応が起きてないダウンが見られるんです。ですからほんの一瞬、相手の脳に「?」のような空白が生じた可能性はあると思います。

 急に小さくなった、その次の瞬間、今度は急にジャンプ動作と共に大きくなって、視覚情報の処理が追いつく前にパンチがテンプルや下顎を高速で通過する、といった感じです。

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 もちろん、タイソンのバネの効いた強靭かつしなやかなボディから圧倒的パンチ力が生み出されているのは間違いないです。この身体ベースがあるからKOできたわけですし、ここを無視してはいけないです。そしてそれをさらに効果的にヒットさせる「術」の部分も映像から垣間見れるんです。圧倒的基礎体力に裏打ちされた術ですよね。

 

ーーーなるほど、本当に奥が深いですね。あの構えは、タイソンのリーチ、体格、ルール、全身のバネ、得意技、スピード、そういったものにフィットした必然性のある構えだったというわけですね。

 

Dr.F そこがホント面白いですし、研究しがいがあるところですよね。再びこのレントゲン写真をみると、両下顎のラインが両方の鎖骨の上に乗っていて、仮に相手のパンチを喰らったとしても、頭部が回転しにくいようになっています。首から上が両鎖骨のつくる凹にキレイにハマっているから、顔面KOの原理である「頭部が急速回転する」リスクを構えの時点でかなり軽減していることが分かります。

 

 

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ーーーなるほど、物理的にもKOされにくい構えをとっていたんですね。これは意識的に行っていたんでしょうか?

 

Dr.F もちろんタイソン選手本人がそのように自覚していたかは分かりません。ただ、彼を育てたカス・ダマトは、マイク・タイソンというチャンピオンを戦略的につくってきたらしいのです。

 

背が伸びすぎないように重い荷物を背負って学校に通わせた、というエピソードもありますし、カス・ダマトとの練習映像でも、ロープステッピング(縄跳び)を通常の高さと、沈んだときの高さを行ったり来たりするメニューが記録されていますので、彼には理想のタイソン・スタイルがヴィジョンとしてあったのかもしれませんね。

 

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ーーーなるほど、その可能性もあり得るわけですね。それにしても、レントゲン1枚からいろんなことが分かるんですね。

 

Dr.F「実際はどう考えていたか」ももちろん大切なのですが、「そこに何を見つけるか」も同じくらい大切だと思うんです。「意識してたわけじゃないんだけど、実は理に適っていた」とか。「最初は意味が分からなかったけど、やっているうちにしっくりくるようになった」とか、そういうことは、よくあることなので。

 

ーーーそういう意味では、レントゲンを含めた医学や科学的情報が伝わっていくというのは、選手として活躍できる期間が限られている現役選手にとってありがたいですね。SNSなどでも「確信をもって技術を磨ける」「実際に試しながら練習するのが楽しい」といった声を拝見しました。今回の書籍では、「脳と運動」のセクションが新たに加わっているのですが、そのあたりの観点からはいかがですか?

 

 

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DrF 「脳と運動」の視点から見ても、非常に興味深いです! このレントゲンからも分かるように、タイソンってグローブで顔の下半分を隠しているでしょう?

 

ーーーはい、顔は完全に見えませんね。

 

Dr.F これで「相手の脳に顔認証されづらい」状況を生んでいます。

 

ーーー顔認証、ですか? あのスマホで撮影するときの。

 

Dr.F そう、それです。人間の脳には、モノを認識するエリアと、顔を認識するエリアが別々に存在することが分かっていまして。顔認証に関わる脳の領域が活性化したときに「あ、人だ」と判断する可能性が示唆されるんです。

 

 顔を見て「敵か味方か」「知ってる人か知らない人か」を判断したり、ごく微妙な表情筋の動きや瞳孔の動きなどから「怒っている」とか「敵意はなさそうだ」などの感情を読み取ったりするんですね。

 ですから、タイソンの顔の下半分をほとんど隠すピーカブースタイルは、「ピーカブー(いないないばあ)」の名のごとく、相手の脳の顔認証の領域が働きづらく、認識されにくいと考えられるわけです。その上、表情筋などの微細な運動を介しての情報も伝わりづらいんです。

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ーーーなるほど、構えの段階から自分の情報を相手にほとんど与えていない、というわけですね!

 

Dr.F そうなんです。これ、スパーリングで試してみるとよく分かるのですが、相手の顔がよく見えないまま動くの、結構つらいですよー。それだけ僕らは、相手の顔からたくさんの情報を受け取っている、ということが実感できると思います。

 

ーーーさっそく、試してみる読者の方は多いと思います。空手世界王者の纐纈卓真氏のYouTubeチャンネルにDr.Fがゲスト出演された回でも「対人競技は脳vs脳である」と発言されていましたが、まさにそれを裏付けるようなお話ですね。

 

 

 

 

 

Dr.F やはりその部分がやっぱりとても面白いですし、格闘技やスポーツ全体がこれから飛躍的にレベルアップするポイントのように思います。

 今回はマイク・タイソンがモデルとなりましたが、形としては彼とは異なるナジーム・ハメドは、逆にノーガードで顔を相手に認識させて、わざとニヤッと笑ったり、おちょくったりしながら、表情筋をコントロールして相手を混乱させる、ということをやっていますよね。

 

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精密機械のようなタイソン、一流のエンターテイナーのようなハメド、どちらも相手の脳に入力する情報をコントロールするという意味では共通していて、研究対象としても実践モデルとしても本当に面白いです。

 

ーーー1枚のレントゲン写真から、構え、KO、視機能、脳機能、さらには違うタイプに見える選手との共通点、とどんどん発展していくのも格闘技医学の魅力だと感じました。さらなる研究をしたい方々、もっと知りたい方は、どうすればいいですか?

 

Dr.F 格闘技医学会、という研究機関で、有名選手や指導者、ドクター、理学療法士、弁護士など、あらゆる立場の皆さんで研究・実践・検証を繰り返していますので、ご興味のある方はツイッター、もしくはFBにて私までご連絡をいただければと思います。

二重作 拓也/Dr.F/Takki (@takuyafutaesaku) | Twitter

 

ーーーわかりました。そのような中立的研究機関があるのは、現役選手にとっても、、指導者にとってもありがたいですね。今回も貴重なお話をありがとうございました。

 

Dr.F こちらこそです。少しでも強くなりたい皆様のお役に立てたらうれしいです。

 

societyoffightingmedicine.hatenadiary.com

 

 

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格闘技医学 第2版

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