格闘技医学会 Society Of Fighting Medicine

格闘技・武道・スポーツの安全情報、医学情報を発信

危険すぎる! 格闘技・武道と血液感染

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・4つの代表的な血液感染症とは?
・検査で陰性なら安心か?
・ジムや道場での対応は?
・アルコール消毒は全く効かない!

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リンパ球に結合するHIV-1 (wikipediaより)


【最恐のウイルスたち】
地上最強の戦士でも、こいつに関わったら勝てません。名前をHIVウイルスといいます。名前は有名ですが、画像で見たことある人は案外少ないのではないでしょうか?このHIVウイルスはじめ、血液感染を起こすウイルスは、格闘家・武道家含めた人類が戦わなくてはならない「最恐の」対戦相手たちです。

 


感染症検査とタイムラグ】
 プロ格闘技などでは、試合を予定されていた選手が突然の出場取り止めになるケースが見受けられます。これらの理由は、練習で怪我をしたとか、家庭の問題で出場できなくなった、というケースだけではありません。情報が表に出てこないだけで、ウイルス感染が見つかったから出場停止になった、また突然の引退を余儀なくされた、という事例もあるのをご存じですか?


 プロ格闘技では、B型肝炎C型肝炎HIV、梅毒などの血液検査結果の提出が事前に義務づけられている団体があり、これらに引っかかると選手は出場できません。特に、肘での攻撃が認められているキックやムエタイはカットなどで出血のリスクが大きく、またオープンフィンガーグローブでの打撃が認められている総合格闘技なども、試合中に出血がみられます。血液を介して、ウイルスが感染するということは実際に起きていることであり、それを予防するために団体が感染検査を導入しているのです。


 しかし、全国にある格闘技団体すべてが採用しているというわけではなく、また外国人選手などが試合直前に来日した際、すべてデータが揃っているかどうかはわかりません。またウイルスに感染していたとして検査で陽性になるまでに約2か月を要します。本当は感染していても、感染から2か月未満であれば陰性として結果が出る、というわけですね。「うちの団体は検査をしてるから問題なし」とは言い切れない、ということになります。

 


【人として弱くなってしまう・・・】
 リングでの出血に対してリングの血液を拭いてすぐに次の試合に行く光景、リングサイドでタオルで出血部を拭いて首にかける光景を見たことがある方も多いと思います。試合会場の控室でも血液のついたティッシュが一般のゴミ箱に無造作に投げ込まれていたり、試合後の出血した選手がウロウロしたりしています。

 顔面パンチや肘が禁止のルールでも蹴りやアクシデントで出血が見られますし、アマチュア競技では出血への遭遇の機会が少ない分、血液感染症について正しい認識が広まっておらず、素手で血を拭いたりしています。

 いづれにせよ、血液感染という視点から見た場合、「非常に危険な状況」と言わざるを得ません。格闘技の試合で出血する、させる、返り血を浴びる、という行為は、ウイルス感染紙一重であることを認識しておいてほしいのです。

 痛みに耐え、苦しみを乗り越えて、頑張って頑張って、その結果、肝炎になった、エイズになった、ではそれこそシャレになりません。強くなるために格闘技の門を叩いたのに、病気になって人として弱くなってしまったら、、、何のために苦しい練習しているのかわからないでしょう?



【アルコール消毒は効かない】
 肝炎ウイルスは、非常に強くしぶといです。アルコール消毒???全く意味がありません。次亜塩素酸ナトリウム以外は効かないのです。これは医療の世界では常識ですが、一般的に認識されているとは言い難い状況です。さらにウイルスと細菌も全く違うものですが、それさえも混同されている方も多いようです。

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C型肝炎ウイルスのモデル図




 感染の問題は、一団体、一流派が取り組めば済む問題ではありません。いま、たくさんの格闘技興行や武道の大会が全国で開催されていますが、ある団体は検査が義務づけられているが、別の団体ではチェックが全くない、という状態ですから、試合や練習で選手が感染するリスクはゼロにはなりません。

 

 感染症がある選手は試合に出れない、という決まりがある団体やイベントがある、ということは、実質プロとして格闘技をやるには「感染がない、もしくは完治が証明されている」が必要です。格闘技・武道の選手は、できるだけ定期的に検査を受け、陽性であれば早期に治療する。また陰性であっても、感染しないように予防に取り組む必要があるのです。

 


【練習での血液感染】
 それでは、練習での血液感染はどうでしょうか? 道場やジムは、いろいろな方が出入りする場所であり、練習生や門下生全員に血液検査を実施するわけにはいきません。仮に実施できたとしても、ウイルス感染がある人間は、練習もする権利がないのか?という新たな問題が生まれてくることになります。感染がある人も、感染がない人も、感染が広まることなく共に練習できる環境をつくりあげていくしか現実は方法はないように思われます。


 ミットやバッグ、砂袋、巻き藁等に付着したウイルスは、なかなか死にません。数カ月生きるという報告もあります。HBVなどは、乾燥した環境のほうが長生きしますから、「天日で干す」という伝統の技も使えません。血だらけのサンドバッグや砂袋は、昔の格闘技的にはカッコいいかも知れませんが、極めて危険なので十分に気を付けてください。格闘技・武道の実践者を危険にさらしていることになりますし、感染すれば当然のことながら社会的責任が問われます。  


 それでは、血液感染のリスクを小さくするにはどうしたらいいのでしょうか?格闘技医学会の安全委員会が発信した対策マニュアルをご覧ください。

 


【道場・ジム内の血液感染対策マニュアル】
練習中、出血がおきたら、、、

1.指導者に出血を報告、練習ストップ

2.出血者に対して適切な処置を行う  
感染防止のグローブ(手袋)着用

厚手の清潔ガーゼで圧迫止血・ガーゼ保護   

受傷部位の安静   
↓  
血液付着物は特定のビニール袋に入れ2重に密封

3.血液が人体にかかった場合
・流水で洗い流し消毒、感染が疑われる場合は必ず医療機関を受診

4.マットやグローブ、衣類にかかった場合
・大量のペーパータオルで拭き、付着物はビニール袋で2重に密封
次亜塩素酸ナトリウムで消毒
・衣類は水で洗いハイターなどにつけ置きしてから洗濯


ーーーーーー
 練習中、出血が起きたら、まず指導者に出血を報告し、ただちに練習をストップします。もし出血者がウイルス感染者である場合、出血を放置して練習を続けると、どんどん拡がっていってしまう恐れがありますので、出血したら本人のためにも、相手のためにも、道場生のためにも、いったんストップして対応に当たりましょう。

 素手素足を身上とするカラテ家であっても、他人の血液を素手で触るのは極めて危険ですから、感染防止のビニール製グローブを着用しましょう。傷の止血、処置は清潔なガーゼを厚めに使用してください。血液が付着したものはすべて、専用のビニール袋に入れ、2重にしてください。

 人体に血液がかかった場合は流水で直ちに洗い流し、感染の恐れがある場合は医療機関を受診しましょう。マットやミット、バッグ、リングなど付着した血液は厚めのペーパータオルで拭き取り、次亜塩素酸ナトリウムで消毒しましょう。

 道着、キックパンツ、Tシャツ、サポーター類などに付着した血液は、水で十分洗い流したあと、次亜塩素酸ナトリウム(ハイターなど)に浸け置きし、再度水で洗ってから洗濯します。めんどくさいからと、いきなり洗濯機に入れないように気をつけてください。

 

【肝炎、肝硬変と肝臓がん】

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左は正常の肝臓、右は肝硬変(イメージ図)

 B型肝炎は、ワクチンがあります。予防接種をしておくと、感染が予防できます。現役選手はもちろん、セコンド、レフリー、リングドクターなど、格闘技の関係者は、予防接種を受けておくのもおすすめの方法です。

 C型肝炎は、ワクチンはまだ実用化されていません。C型肝炎の恐ろしいところは、感染に気が付かないと慢性肝炎を起こしやすいことです。C型肝炎を放置しておくと「肝硬変」や「肝細胞がん(肝臓がん)」に移行する可能性があります。肝臓がんで死亡した人の7~8割がC型肝炎から進行した人です。C型肝炎ウイルスに感染してから、肝硬変や肝臓がんになるまでに約20~30年かかると言われていますが、早くから治療を行えば、肝硬変や肝臓がんを抑えることも可能です。

 今は、インターフェロンがかなりの効果を上げていますので、C型肝炎でも、早期発見できれば治る病気になりました。問題は、感染しても自覚症状が少ないため、自分が感染していることに気づかない人が多いことです。日本のHCV感染者数は約200万、世界では1億7千万(世界人口の3%近く)がキャリアであると見られています。こればかりは、血液検査でチェックするしかないのです。

 

 

【血液感染ゼロに向けて】
 格闘技・武道の選手は、ただでさえ普段の猛稽古で体力が落ち、免疫力も低下しています。その中で、できる予防策を実行し、感染リスクを遠ざけることが、パフォーマンスの維持・向上や安心につながります。怖い話も記しましたが、人と密接に接する格闘技や武道では、血液感染のリスクはどうしてもついて回ります。それに蓋をして見ない選択はできない時代、逆に「格闘技や武道だからこそ、予防も感染対策もスポーツ界の最先端を走ってる」、そういう風にしませんか?

 選手、指導者、審判、大会運営、組織運営、報道など、それぞれ立場は違っても、正しい知識とノウハウを共有し、協調しながらできることを実践していく。流派や考えが違っても、全体として同じ方向で進んでいくべきテーマだと考えています。

 

「格闘技・武道の試合や道場・ジムが血液感染の温床であってはならない」


 我々、格闘技医学会はそのように考えます。微力ながら、実践者が少しでも安心して格闘技武道に取り組めるよう感染対策および情報発信に積極的に取り組んで参ります。  (格闘技医学会代表 医師 Dr.F)

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格闘技・武道と内科的リスク(1) 高尿酸結晶と痛風

【格闘技・武道と内科的リスク】

  医学部で勉強を始めた時、いちばん驚いたというか、ショックだったのは、病気の種類のあまりの多さです。先天性の疾患、遺伝性のもの、生活習慣からくるもの……それまで自分が知らなかっただけで、数え切れないくらいあり、しかも新しい病気や病態は研究され増えていく一方です。たまたま、それらにならずに、それらをよけて(もしくはいまだにわからずに、かもしれませんが)、病気にならずに健康でいられる、というのは実は大変なことなんだな~というのが実感でした。

 

  格闘技・武道の競技はその特性上、身体を壊すリスクを必然的に内包します。打撲や骨折などの運動器の外傷や脳震盪といった症状が外から目に見えるものばかりではありません。長きにわたるハードなコンタクトで、身体の内部に影響が出るケースもあります。ここでは、競技との関連が考えられる内科的疾患を含めた身体内部の変化にフォーカスをあててみます。

 

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筋の破壊、減量、脱水、高タンパク食、、、格闘技者の生活習慣に注意

高尿酸血症痛風と合併症】

 「風が吹いただけでも痛い」というくらいの激痛が伴う痛風。 人間の身体は約37兆2000億個の細胞から成り立っていますが、細胞は壊れたりつくられたりと、新陳代謝を繰り返しています。それぞれの細胞の中に、細胞の核があり、細胞核核酸(DNA、RNA)と呼ばれる物質から構成されます。代謝により核酸が分解されると、プリン体が生じます。プリン体が尿酸に変わり、尿酸が高濃度に体内に蓄積されると高尿酸血漿を引き起こし、体のいたるところで結晶をつくります。尿酸の結晶は針のように鋭く尖っており、神経を刺すために最強の痛みが生じる、というわけです(昔は、足を切断していたほどの痛みです)。

    痛風の好発年齢は一般的には30代から50代と言われていますが、格闘技選手において、20代で高尿酸血症がある方、痛風が発症している例があります。また、格闘技医学会で現役選手の尿酸値を測定した結果、異常高値を示した例が数多くみられています。

 

   選手は、通常以上の筋肉量があり(細胞の量と代謝の頻度が多い)、多くのタンパク質やカロリーを摂取し(プリン体を摂取する量が多い)、脱水になるくらいの汗をかき(尿酸が濃くなりやすい)、全身の細胞を壊しまくる(外力や負荷による細胞の大量破壊が日常的)ライフスタイルです。壊れた細胞からプリン体が流出し、尿酸値が高くリスクが通常よりも高いのです。

 

   尿酸結晶が、血管や臓器に沈着して起きる合併症は非常に恐ろしいものばかりです。高尿酸血症、高タンパクは共に尿路結石のリスクが、血管にダメージを与えると脳梗塞心筋梗塞のリスクが上がります。腎臓に尿酸が蓄積して腎機能低下を起こすことがあります。生命にかかわる合併症が起きる前に、早期に対処すべき疾患です。痛風は、アルコールやプリン体の過剰摂取で起きる贅沢病、とのイメージがありますが、ハードなコンタクトスポーツや筋力トレーニングでも実際に起きています。これにアルコールや不摂生、引退後の体重増加等が加わると・・・・・高尿酸血症とその合併症リスクは何倍にもなる可能性があります。

 

   実際に、元有名選手が引退後、脳梗塞を発症しているケースがあります。また壮年で試合に出ている方がハードな練習後に痛風発作を起こす例もあります。競技生活がどのくらいパーセンテージで影響があったのかは、現在のところ追跡調査がないため明言できませんが、過酷なライフスタイルであることは間違いないでしょう。年齢にかかわらず、身体をぶっ壊す練習をしている方は、尿酸値に気を配ってください。もし異常値であれば、医師の診断の下に、正しい治療を受けていただきたいと思います

 

 

Dr.Fの格闘技医学(秀和システム)より

https://www.amazon.co.jp/Dr-F%E3%81%AE%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E5%8C%BB%E5%AD%A6-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4798046515

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ジュニアと心臓震盪(4) ≪心臓震盪が疑われる場合の対応フローチャート≫

・〇〇と△△をチェック!

・胸骨圧迫からスタート

フローチャートを常に携帯しよう!

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心臓震盪が疑われる場合の対応

【選手が倒れたときの対応】
 実際に、選手が現場で倒れたとしましょう。そのとき、まず意識と呼吸を確認してください。意識が無く、呼吸が無い、もしくは死戦期呼吸(苦しそうな呼吸)が見られる場合、心臓震盪を強く疑います。


 心臓震盪が疑われたら、まず2人の人に命令をします。ひとりには「119番で救急隊を呼んでください」もうひとりには「AEDを持ってきてください」と伝えます。同時に、胸骨圧迫(心臓マッサージ)を始めます。胸骨圧迫する部位は、ウルトラマンのカラータイマーの位置。両方の手のひらを重ねて1分間に100回以上行います。

 

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胸骨圧迫のポイント

 胸骨圧迫の深さは成人5センチ以上、小児5センチ、乳児4センチ。胸骨圧迫を行いながら、AEDと救急隊の到着を待ちます。AEDが到着したら、AEDのガイダンスに従って操作します。

 

 気道確保と人工呼吸は、2010年の改定で「訓練された救助者がその場にいる場合は行う」に変更されています。改定前は、まず気道確保、そして人工呼吸を行いながら心臓マッサージ、という流れでしたが、感染症の問題や手技の経験の問題が大きな壁となり、気道確保や人工呼吸の時点で時間ばかりが経過していました。肝心の胸骨圧迫に行きつかない現状があり、改定後は何よりも胸骨圧迫を優先し、血液の中に残っている酸素を脳に送ることを優先する流れになりました。(注:最新情報を必ずチェックしてください)

 

 脳自体には、酸素を蓄える機能がなく、低酸素の状態が4~5分以上続くと脳は不可逆的なダメージを負い、死に至る率が高まるといわれています。命を救うには、脳に血液を送り込み酸素を与えることが優先されるのです。「呼吸停止後、血液の中の酸素の濃度が十数分は変化しない」という医学的根拠や、「人工呼吸を施行した例と、人工呼吸を施行しなかった例で蘇生率にほとんど変化がない」という研究からも、胸骨圧迫をすぐに始めることが必須で2011年春に日本国内でも新ガイドラインに統一されました。

 

 「意識が無い、呼吸が無い(または異常な呼吸)状態なら、まずは胸骨圧迫からスタート」

 

これならできそうな気がしませんか? これはぜひとも覚えておいてください。

 

 また、海や川での合宿での水の事故や、子供に関しては、気道確保と人工呼吸を併用したほうが望ましいとされています。水の事故では血液中の溶存酸素が少ないこと、子供の場合は血液の量が少ない分、溶存酸素が相対的に少ないことが理由です。
 

 ですから指導者は胸骨圧迫、気道確保、人工呼吸、AED操作。指導者やセコンドなど責任ある立場の方は、最低でもこれらを冷静に遂行できるようにしておきましょう。
 

 最近は、保護者の方の関心が高まっており、格闘技医学の講習会に参加してくださる方が増えてきました。保護者の方の場合、わが子がこのような状況になると必ずパニックに陥りますので、他の子の場合に行うように道場の保護者間で相互補完できる状況をつくっておきましょう。

 

≪心臓震盪が疑われる場合の対応フローチャート

意識がない、呼吸がない(苦しそうな呼吸)

迅速に1人にAEDの準備を、別の1人に救急車の要請を指示

C胸骨圧迫をスタート(できる場合はA気道確保とB人工呼吸を行う)
(Cのみ)C胸骨圧迫は1分間に100回以上。深さは成人5センチ以上、小児5センチ。
(C+A+B)C30回+B2回。ただし、Cの中断時間は10秒以内。ペース、深さはCのみと同様。

AEDの到着と同時に、AEDを使用。C(C+A+B)を継続しながら救急隊の到着を待つ。

 

(5へ続く)

 

ジュニア格闘技・武道「安心安全」強化書より

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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E3%83%BB%E6%AD%A6%E9%81%93%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%80%8D%E5%BC%B7%E5%8C%96%E6%9B%B8-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4809410773

ジュニアと心臓震盪(3) 「見極め」よりも「疑い」

・時間との戦いが、生死の分かれ目

・試合や審査会での事前準備

・ルート確保とミーティング

・「見極め」はプロでも困難

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緊急時は時間との戦い。準備が生死を分ける。

【事前準備の重要性】
 格闘技や武道の大会で必ずやっておかなければならないのは、AEDの設置場所の事前確認と、救命救急処置スペース、搬送ルートの確保です。私も、チームドクターとしてのキャリアや選手としての経験だけでなく、カラテ全日本大会やジュニア大会の大会医師、リングスをはじめプロ総合格闘技大会でのリングドクターを経験させていただきましたが、会場に到着後、いちばんに最初に行うのは、現場の確認です。

 

・もし負傷者が出た場合、どこでどのように処置をするのがベストなのか。
・もし救急搬送をする場合、どのルートで救急車まで運び出すのか。
・その日はどこの病院が受け入れ態勢OKなのか。

 

 会場から最寄りの救急病院の連絡先やアクセスも可能な範囲で調べておきます。これらに加えて、カラテのアマチュア大会など、たくさんのコートで同時に試合が行われるような場合、各コートの審判団とAEDおよび救命グッズの場所の事前確認、会場のどこかでアクシデントが起きたときの場内アナウンスの方法(全体の試合をストップして対応すべきアクシデントと、全体はそのまま動きながら対応すべきアクシデントの場合に分けてアナウンス)などの打ち合わせ。


 あと、これはとても大切なのですが、会場側のスタッフとの連携です。アクシデントが起きてから「AEDはどこですか?」「救急車を呼んでいただけますか?」という状態では、無駄に時間ばかり経過してしまいます。

 

 そこで、早めに会場に入って、物品の位置や、アクシデント時の会場としてできる対応の範囲などを確認しつつコミュニケーションをはかっておくと動きやすくなります。大会や試合では、非常時に冷静に動けるように、事前にシュミレーションとイメージトレーニングを兼ねて準備しておくことが大切です。


 練習においても道場やジム内にも設置してあるのが望ましいですが、道場やジムにジュースの自動販売機を置ける場合は、AED搭載型を導入するというのも良い方法です。メーカーによっては無料で設置してくれるところもありますし、道場生の安全のために自動販売機を導入する、という名目であれば協力も得やすいでしょう。
 

 最近は、単発のイベントなどでしたら自治体が無料で貸してくれる場合もあるようです。大会、道場内試合や審査会の際に、そういう制度を利用されている道場も増えてきています。

 

 

【見極めよりも、疑い】
 格闘技や武道の現場で、KOされる、ボディーへの攻撃で倒れる、ということは日常的に起きます。しかも流れの中で瞬間的に起きることですから、「どの技でどうなったのか」、判別が難しい。ですから倒れた選手に心臓震盪が起きているか、それとも脳震盪など、他の原因で倒れているのかの原因を推測するのは我々医療のプロでも困難です。

 

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倒れた原因を追求する時間は1秒も無い

 

・顔面パンチなしのフルコンタクトカラテルールで反則の顔面パンチで強打され意識が飛んでいるところに、胸に膝蹴りをもらって倒れた。

 

・胸に打撃をもらい心臓震盪が起きた直後に、上段の膝蹴りが顔面にヒットし気を失ってKOされた。

 

 格闘技や武道の現場では、このように“倒れる”原因が重なりよくわからないケースにたびたび遭遇します。これが、「野球のボールが胸に当たって意識を失った」であれば、すぐに心臓震盪かも!と疑いやすいのですが……。


 これらの微妙なケースに遭遇した場合、「心臓震盪を疑う」というスタンスが必要になってきます。もしかしたら心臓震盪かも知れない、と疑ってかかり、AEDにて心電図の解析を待つというのが得策です。「今のダウンはなんだったのか?」見極めの方向で考えてしまうと、これまた時間ばかりが過ぎてしまい、どんどん致死的状況が近づいてしまいます。


 『「見極め」よりも、「疑って」かかる』

 

これが現場で求められるマインドです。

 

(4へ)

 

ジュニア格闘技・武道「安心安全」強化書より

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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E3%83%BB%E6%AD%A6%E9%81%93%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%80%8D%E5%BC%B7%E5%8C%96%E6%9B%B8-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4809410773

 

 

ジュニアと心臓震盪(2) パニック状態の中で正しい救命ができるか?

AEDとは?

・シェア数No.1のAED4コマ画像

・家族が泣き叫ぶ中で使える?

・講習は入口、ゴールは救命

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【強い味方、AED】
 AEDは正式名称をAutomated External Defibrillatorといい、日本語では自動体外式除細動器(じどうたいがいしきじょさいどうき)と訳されます。AEDが、空港や大きな駅、体育館、イベント会場、自動販売機などたくさんの人が集まるところに設置されています。最近では、救命救急の講習にAEDの取り扱いが組み込まれていますので、実際に使ったことのある方もいらっしゃるでしょう。

 

 2003年以前は、除細動器は医師しか使えなかったのですが、2003年には救命救急士が医師の指示なしに使用することが認められ、2004年からは一般市民も使用が可能になった、という経緯があります。これは、技術革新によるところが大きいといわれています。その技術革新とは、心室細動であるかどうかをAED自身が判定してくれる点にあります。心室細動と判定されたら、除細動開始の合図が出ますが、心室細動でなければ除細動は行われない仕組みになっています。AEDは、「心電図でモニターして診断を行い、除細動の必要性を判定する」という、医師が知識と技術と経験で行っていた部分を担ってくれる、かなり優れた救命の機器なのです。


 それまでは、心臓震盪や心室細動が病院外で起きたとき、心肺蘇生をしながら救急隊の到着を待つしか方法がありませんでした。119番で救急車を呼んで、現場の到着するまでの平均時間が約7分。心室細動は、時間の経過に伴いどんどん救命率が落ちていき、3分ほっておくと救命するのは極めて困難といわれています。
 AEDの登場と普及のおかげで、今まで助からなかった命が救えるようになった。これは、救命救急において革命的な出来事なのです。

 

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AED使い方マニュアル

【AEDの実際の使い方マニュアル】

1.まずAEDの電源を入れます。(電源ボタンを押す、フタを開けると自動的に電源が入る、などメーカーにより違いがある)

2.電極パッドを右胸部と、左の肋骨の下に貼り付けます。

3.心電図の読み取り・解析が開始されます。

4.解析の結果、除細動の適応の場合は音声ガイダンスにて電気ショックの指示がでます。「離れてください」と必ず声掛けをし、自分も含め、誰も対象者に触れていないことを確認してから電気ショックボタンを押してください。

 

施行後は、自動で、3の解析が再開されます。再度必要な場合は、また指示が出るので4の行程を繰り返します(除細動の適応がない場合は、電気ショックは行えないようになっています)。このように、機材の使い方としては難しいものではなく、一般の大人であれば使えるような仕組みです。

 

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AEDにが必要性をジャッジする


【格闘技・武道の現場で】
 AEDの機器自体の操作法は難しくありません。私も、スポーツ医学の講習会や格闘技のイベント、病院内での研修にて何度もAEDを操作していますし、医療の現場でも必要な患者様に除細動を行っていますが、操作自体はいたってシンプルです。AEDは音声ガイダンスがありますから、基本的にそれに従っていれば間違いはありません。


 しかしながら、実際の格闘技の現場で心臓震盪に正しく対応するのは、簡単ではありません。試合場でも、道場・ジム内でも、そこは救命救急講習会の場とは違い、整った環境ではありません。いきなり人の命に関わるわけですから、切迫感、緊張感、責任の重さがまったく違います。

 

 実際に、試合会場で心臓震盪が起こった現場にいた関係者の方に直接伺った話ですが、現場は完全にパニック状態だったそうです。倒れている本人は白目を向いて全身が硬直して動かない。親は泣き叫びながら子供の名前を呼び続ける。友人は「先生、○○君を助けてください」と泣きわめく。関係者は大会で死者が出るかもしれない状況にフリーズし右往左往する……。


「いくら講習を受けたとしても、このような一種の錯乱状態で冷静にやれる自信はまったくない」

 

「医学の素人がやれることはやろうとは思うけれど、実際にはやれない」

 

といった非常に重い言葉をいただきました。「AEDを取り扱えるようになることと、実際に現場でAEDを用いて冷静に救命活動を行えることは、別次元」であることを表しています。水着でプールで泳ぐのと、服を着たまま重たい荷物を背負って極寒、嵐の海に投げ出されるくらいの差はあると思っておいてください。
 

 心臓震盪が起きたら、命を救える可能性があるのはAED。これは、正しいし、これからもAEDの普及と使用は格闘技や武道に関わる指導者にとって、もはや必須となる流れは避けようがないでしょう。そこで

 

「AEDを設置しているからうちは大丈夫」

「うちの指導員はAEDの使用を含む救命救急講習を受けているから大丈夫」

 

というところで止まってはいけません。

 

「非常事態に冷静に、適切に対処し、救命できるスキルを身につける」

 

をゴールにしましょう。AEDの機械に関して、ひとつ注意していただきたいのは、メーカーによって若干の違いがあることです。スイッチの入れ方が異なったり、表示が異なったり。各メーカーが競合し価格を下げる、経済的な論理はよくわかりますが、指導者や保護者を対象とした格闘技医学の講習会で実際に複数のメーカーの機器を扱ったところ、それぞれの差異に戸惑う声が聞かれたのも事実です。

 一刻を争う現場で、普段取り扱いに慣れていない人が、「あれ、講習で使ったのと違う」と感じるのは、タイムラグの新たな要因にもなるでしょう。各所に置いてある消火器に取り扱いの違いがないように、AEDも行政がしっかり関与してなるべくシンプルに規格を統一する方向を期待します。

 

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(3)へ続く

 

ジュニア格闘技・武道「安心安全」強化書より

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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E3%83%BB%E6%AD%A6%E9%81%93%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%80%8D%E5%BC%B7%E5%8C%96%E6%9B%B8-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4809410773

ジュニアと心臓震盪(1) 子供の心臓を守るのは大人の責務

・心臓震盪とは?

・なぜ子供に起きるのか?

・命に関わるその病態とは?

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心臓震盪(しんぞうしんとう)という言葉をご存じですか? スポーツ医学先進国のアメリカでは、1990年代から、スポーツ中の子供の突然死の原因として注目されていて、日本でも2000年代後半に入ってからニュースやネットでも取り上げられるようになりました。
 もともと心臓に異常のない子供や若者が、胸にボールが当たったり、肘が胸に当たったり、投げられたりして心臓が止まって死んでしまう現象であり、【心臓に加えられた機械的刺激により誘発された突然死】と定義されています。


1.心停止の直前に前胸部に非穿通性の衝撃をうけている

2.詳細な発生状況が判明している

3.胸骨、肋骨および心臓に構造的損傷がない

4.心血管系に奇形が存在しない

 

この4つがアメリカでの診断基準です。

 

・1月1日午後2時半ごろ、大阪府富田林市新堂、PL学園高校の野球グラウンドで、硬式野球の練習をしていたPL学園中学3年の男子生徒(15)が、送球が胸に当たって倒れた。病院に運ばれたが、午後9時半ごろ、死亡が確認された。富田林署の調べでは、生徒は中学の軟式野球部員。硬式の練習を希望し、高校の野球部員らの練習に参加していた。送球練習で二塁にいて、三塁から来たボールが胸に当たり、転がり落ちたボールを一塁に投げた後、倒れた。生徒の意識がもうろうとしていたため、監督が119番した。

 

・15歳男子、少林寺拳法の練習中、胸部へ打撃を受けた後心停止となった。CPRが実施され、救急隊による除細動により心拍再開した。後遺症なく退院し社会復帰した。(2000年5月)

 

・16歳男子。高校の柔道の授業中に小外刈りをかけられ腰部から転倒した。その後横四方固めで押さえ込まれた。直後に意識消失し、教師が心肺停止を確認した。心肺蘇生術が実施された。救急隊現着時心室細動を確認し、4回除細動が実施された。心室細動は継続し20分後に病院へ搬送されたが、心拍再開せず死亡した。特に既往疾患はなく健康であった。心臓震盪として第56回日本救急医学会関東地方会に発表された。

 

(※以上、心臓震盪から子供を救う会HPより引用)

このような症例があり、スポーツの現場、格闘技や武道の大会でも実際に心臓震盪が起きています。

 

【なぜ子供に多いのか?】
 国内での発生件数の90%以上が18歳未満、アメリカでは、70%が18歳未満。子供、未成年に好発します。胸部への衝撃手段は、ボールなどのスポーツ備品がぶつかって起きる例や、身体の衝突や遊びで起きる例、親のしつけで胸を叩く、兄弟喧嘩で肘で胸を小突いて起きたという例も報告されており、日常の中にも心臓震盪の可能性が潜んでいます。


 子供に起きやすいのは、子供の成長過程において心臓を守る胸郭(きょうかく)が未完成なため、といわれています。胸郭は、肋骨(ろっこつ)や胸骨(きょうこつ)、胸椎(きょうつい)からなる、大きな籠のような形をしており、その中に心臓や大動脈、肺などの重要な臓器や組織を納めています。

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子供は胸郭が未完で、外力に非常に弱い


 大人は骨が出来上がっているため、衝撃に耐えることができますが、子供の骨は柔らかく、外力に対して心臓をプロテクトできないんですね。子供の特徴である「成長」は「未完成」であり、心臓においても「大人にはない」子供特有のリスクがあるということです。


 格闘技・武道での試合や組手、スパーリングは、衝撃手段のほとんどが当てはまってしまいます。グローブや拳サポーターを用いての打撃は、スポーツ備品による発生に近く、肘や膝、かかとなどが胸部に入ってしまうことも試合ではあり得ます。柔道やレスリングなどの投げ技や、カラテやキックでの足掛けによる転倒で背中や胸をマットに強く打ちつけてしまい、心臓震盪を引き起こす可能性もあります。

 

 

【心臓震盪の病態】
 心臓震盪の最中に心電図が記録できたケースでは、致死的不整脈のひとつ「心室細動(しんしつさいどう)」が見られています。心臓震盪の病態を理解しやすくするために、まずは正常の心臓の仕組みから見てみましょう。


 心臓は、意思とは関係なく、昼も夜も、トレーニングの最中も、練習サボった日も、生きている限り動き続けます。怖い師範や先輩に会ったとき、初めてのデートのときなど、速く動きますし、自然に囲まれてリラックスしているときはゆっくり動きます。


 心臓がリズム良く動く秘密は、心臓の「刺激伝導系」と呼ばれるシステムにあります。心臓の上の部屋を心房(しんぼう)と呼びますが、右心房にある洞房結節(どうぼうけっせつ)というところが、心臓収縮の司令塔です。

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刺激伝導系に異常が起きる

 心筋を収縮させる電気的刺激が、この洞房結節から生み出され、心房内に刺激を伝達します。このとき心房は収縮し、心房内にある血液を心臓の下の部屋である心室(しんしつ)に送ります。次に、電気的刺激は房室結節(ぼうしつけっせつ)というところに伝わります。房室結節から、心臓の下の部屋である心室に刺激が伝わり、心室の心筋が収縮してポンプ作用が働き、肺や全身に血液が送り出されます。


 サッカーに例えるならば、洞房結節が監督、房室結節はチームリーダー。監督の出した指示が、リーダーと近くにいるプレイヤーにダイレクトに伝わり、遠くのプレイヤーはリーダーからの指示を聞いてから動くのです。そこに若干のタイムラグがあるため、心臓はまず心房が収縮して、次に心室が収縮する、という「規則的な秩序」が保たれるわけです。

 

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正常の心電図 リズムが規則的



 ところが心室細動では、この規則的な秩序が保たれなくなってしまいます。監督やリーダーの指示をまったく聞かず、それぞれの心筋が好き勝手に動いているような状態ですから、心臓のポンプ機能は完全に失われます。これでは、体に血液が送り出されなくなり、極めて危険な状態に陥ります。


 血液がSTOPすれば、意識消失、数秒で呼吸停止、数分で心臓停止して死に至ります。心電図もごらんのようにグチャグチャの波形。規則正しく記録されることはありません。心室細動は「心室が細かくしか動かない」という風に読んでいただき、心室がプルプルと痙攣している、そんなイメージを持っていただけると病態を理解しやすいかと思います。

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心室細動の波形


 私も、病院で心室細動に出くわした経験が何度かあります。病院では病状がよくない場合、心臓の状態を把握するために心電図をリアルタイムでモニタリングしますが、心電図上、心拍数が異常値をしめすと、「ピーッ、ピーッ」と大きな警告アラームが鳴り響きます。


 心室細動の場合、最初は心拍数がひたすら上昇します。180、190、そして200オーバーに上がっていきます。この場合は、もう迷わずCPR(心肺蘇生術)を行いつつ、電気ショックで「ドンッ」と除細動(じょさいどう)を行い、抗不整脈薬を投与します。とにかく、心室細動のような致死的不整脈に対しては、ゆっくりしている暇はなく、まさに「時間との勝負」になります。


 それでも、病院は救命に必要な条件がそろっています。心電図などの検査機器はありますし、電気的除細動器はあるし、点滴や薬剤もある。専門の知識と技術を持ったスタッフがいて、相当整った環境なんですね。何より、発見から処置までの時間が短い。
 もし試合場や道場で心臓震盪が起きたとしたら、何もしなければ時間の経過が命取りになります。そこで、現場で致死的不整脈から命を救う方法として開発されたのが、最近あちこちで見かける救命器具AEDです。

 

(2)へ続く

 

ジュニア格闘技・武道「安心安全」強化書より

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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E3%83%BB%E6%AD%A6%E9%81%93%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%80%8D%E5%BC%B7%E5%8C%96%E6%9B%B8-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4809410773

KO感覚と医学的背景(2/2) 藤原あらし & Dr.F 

【パワーバランスを考慮した練習】

 60戦以上のキャリアを持ち、日本のキック界の中でもベテランとして君臨、かつムエタイの最高峰にも触れてきた藤原だけに、練習のやり方についても一家言持っている。その秘訣は「ほどほど」だということだ。

 

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大切なのは「〇〇〇〇」

「試合に足を引きずって出ても、パフォーマンスは知れてます。ほどほどにやることも必要なんです。毎日やり切ってもう動けなくなるような練習を繰り返せますか? できる人もいるかもしれませんけど、大抵の人は壊れます。そこでイマジネーションが必要になります」(藤原)

 

 例えば藤原は、ミット蹴りの時にミドルキックを50~65%で蹴る。それも「蹴った後の自分の状況をどれだけ安全に保てるか」だけを考えてやる。たとえ自分が入れた蹴りが軽くても、相手が出してきた次の反撃をちゃんとカットし、さらに蹴り返すことができるか、を考えて行う。一発100%の重い蹴りを蹴って「良い蹴りが入ったぜ!」って自己満足するような練習はしない。バランスを重要視しているのだ。

 

 逆にパワー80%スピード20%で蹴ったら、力任せなだけにバランスが崩れやすい。パワー20%スピード80%の方が次の攻撃に繋げやすい。これもまた、試合巧者揃いのタイ人との多数の対戦経験から編み出したものだ。


「僕の経験では、蹴りの威力がものすごいタイ人はいなかった。こんなもんかって感じです。ただ、そう思って蹴りを受けた後に詰め寄ると『待ってました』とばかりに次のパンチとか肘を出そうと待っているんですよ」(藤原)

 

 また、パワーだけを意識した蹴りだとスタミナもロスしやすい。これはいかなる強いタイ人も一緒で、本当に30~40%のミドルをパッと蹴るだけだという。でも、すぐに構え直して次の前蹴りの用意をして待ち構えている。この辺りの巧さが、タイ人の怖さだろう。

 

 むしろ、日本人の方が思い切りガッ!とくるような強いミドルを蹴ってくるという。ただし、そういう蹴りは力に偏っていて遅い分、ディフェンスもしやすくなる。ガードはもちろん、スウェーしてかわしたり選択する余裕さえできる。そういうことも含んだ上で、藤原は現在ヘビーバッグ等で思い切り蹴り込むような練習はあまりやらない。同じ一人で行う練習なら、むしろ適度な大きさ、柔らかさがフィットするのだ。

 

【攻防一体の実現】

 Dr.Fは「KOバッグ」でトレーニングを重ねる中で、エクストラのアイディアが浮かんだ。エクストラは、上にも下にも取り付け金具がついている。上にしかないと垂直に吊るすことしかできないが、上下にあることでバッグを水平にしたり、斜めにもできる。日々進化している格闘技の技術。パンチもキックも、今では考えられないような方向から飛んでくる。

 

縦や斜め方向から入れる技であるインローや前蹴り、踵落とし、縦蹴りや内廻し、そして胴回し回転蹴りなど、エクストラはセッティング次第でほとんどの打撃技が練習可能になる。

  

 エクストラの特徴はそれだけではない。「KOバッグ」を繋ぐこともできる。二つ繋がっているとヌンチャクみたいな状態になるため、上にハイキックを入れたら下のバッグが自分を襲ってくることもあるし、ローキックを入れたら一回転して上から落ちてくる、なんてこともある。攻撃しながら、防御を意識した「攻防一体型の練習」ができるわけだ。

 

 ローキッカーの選手には、上にエクストラ、下にKOバッグを2本、という組み合わせもおすすめだ。下の2本を相手選手の下肢に見立て、2本がそろっている時には外からのローキック、開いている時には、内側のローキック、ローの距離にない場合、ローを蹴りづらい瞬間には、上を蹴って相手を揺さぶる。

 

 また、上に「エクストラ」、その下に自分のキックミットを繋げることもできる。

このミットを蹴るためには、一瞬のタイミングを逃してはならない。

 

 

「相手が止まっている状態でしたら容易に蹴れますが、動く相手、しかもこちらを攻めてくる相手に対しては、『一瞬のチャンス』を獲らなければなりません。プレッシャーの中で何とかしなければいけないのが競技の厳しさです。そういう意味でも、僕が小さい頃から欲しかった理想のグッズが、やっと完成しました(笑)」(Dr.F)

 

 【思考停止をゼロに】

  動きが不規則ゆえに、技を入れようとして外れてしまうこともある。しかし、試合でも相手は動く。むしろ「外れた瞬間こそどうするか」こそが大事になる。

 

「外しちゃった、どうしよう」「失敗した」と思考停止するのではなく、外したらすぐに次の動きに繋げることこそ勝利の鍵となるし、そこで心理的空白ができれば、動きにもそれが表れる。思考の一時停止は、動きのスピードに反映し、ピンチをつくる。

 

「戦いの中では、瞬時の判断が必要なんです。相手の制空権の中でゆっくり考えている暇はない。感覚を入力しながら、感じながら、一瞬一瞬、光速スピードで判断していくフロー状態。これこそ、脳が最も集中している状態なんですね。僕は、蹴っていて良い蹴りが入った!って自分の技に酔ったりしてました(笑)。でも、そこは必ず隙になりますし、そのあとに倒されて脳細胞が少し減りました(苦笑)。

 強い人は、そこを絶対に見逃しません。いい感じの攻撃で相手にダメージを与えたとしても、そこで止まらない。蹴りが当たっても、外れても、一流選手たちは、『次の動き』への空白が無いのです。」(Dr.F)

 

Dr.F自身が、その「連続性」の重要性を「KOバッグ」を使った練習の中で感じ取った。自分が生み出したものに自分が教えられたというわけだ。

 

【圧倒的な運動量】

  「KOバッグ」「エクストラ」の特徴に可動性の高さがある。ゴムチューブや滑車などで工夫すれば、KOバッグやエクストラは、予想を超える動きをする。その結果、圧倒的な情報処理能力と運動量を獲得することができる。マイク・タイソンナジーム・ハメドといった倒せる強さを持った強豪選手には運動量の多さという点に関しても共通している。そしてまた、「止まるな、動け!」という教えは多くの道場やジムでも教えられていることでもある。

 

 

 

「倒せる選手で動けない選手はいないんじゃないですか?大体、動ける選手が動けない選手をKOしていますし、動ける選手が動かないときも、『動いていないように見えるだけ』で、脳と筋群は絶えず情報のやり取りをしています。同じ1分間の使い方でも、頭の中を含めて高速回転していますから、動けない1分間とは全く中身が違います。

動ける選手にしてみれば、動けない相手は静止画に見えるくらい運動量に差があると思います。試合に勝った時、「相手や周囲が良く見える」「セコンドの声がよく聴こえる」という経験は、情報処理能力と運動量が背景にあるからこそです」(Dr.F)

 

 「KOバッグ」「エクストラ」によって「止まらず、運動量を上げていく」能力の養成も、Dr.Fの狙いであったという。

 
【気づかずに下がる、を無くす】

 ジャンルレスに多くの選手に触れる格闘技ドクターという立場のDr.Fだが、身体面、精神面はもちろんパフォーマンス向上の面でも実践者からアドバイスを求められる。その中でも、特に尋ねられるのが「試合中、どうしても下がってしまう」という問題。

 

 Dr.Fは、「相手に対する恐怖」という心理的な要因だけでなく、日常的な練習内容にも要因がある、と分析する。それはヘビーバッグなどの止まっている対象物での練習だ。ヘビーバッグは、一回蹴ったら一旦下がらないと次の蹴りに繋げられない。打撃を出しては距離をつくらないと練習が継続できないため、特性を十分理解していないと自然に下がるような動きが身についてしまう。しかも、困ったことに本人はほとんど自覚しないまま無意識的に身についてしまう選手が少なくない、という。

 

「戦略として相手を誘うためとか、間合いを取るためにわざと下がる分は良いんです。問題なのは『下がっていることに自分が気付いていない』こと。試合中下がるだけでは勝てません。もちろんずっと前に出る必要はありませんが、ここぞという時に前に出て相手にプレッシャーをかける。いつでも前に出れる状態で戦略的に下がる。格闘医学的に言うと、相手の網膜に自分の像を大きくなる方向で入力するんです。人間は、突然ダンプカーが目の前に突進してきたらビクッとするのが本能ですからね。ダンプカーが走り去っていっても怖くないけど、下がって行きなり向かってきたら怖いでしょう? 」(Dr.F)

 

 勝つためにも、戦いにおいて「前に出る」ということは非常に大事なこと。そのためにも「KOバッグ」の可動性の高さは練習で役に立つ。時には追いかけてパンチやキック、跳び蹴りなんかも叩き込んでもいい。ワイヤーで移動式にしている道場もある。そういう練習をしておけば、普段から下がる癖もつかないし、下がる相手を追いかけて完全に仕留める動きも身につく、というKOバッグならではの利点もあるのだ。

 

 

【創造的スタイルを】

 Dr.Fは「エクストラ」に機能性や有用性だけでなく、創造性も加味して開発した。

 

「どう使うかは、競技者の皆さん次第。百人いたら百人がそれなりの使い方をして欲しいのです。僕は、その一部の例を示すだけ。強くなるアイデアが浮かぶ限り、絶対に強くなれる。もっと素晴らしい景色が見える。ですから皆さんのアイディアを自信を持って形にして欲しいんです。」(Dr.F)

 

いろいろな選手と交流する中で、長いキャリアを積み重ねて上まで進んでいく選手は、

総じてクリエイティビティとセルフプロデュース能力が高く、自分が強くなる練習法を自分で開発する傾向があることがわかったという。

 

そういう人のためにも、「自由度の高い製品』を目指したという。練習法だけでなく、試合で勝つにも発想力は大事だと訴える。例えば試合中に相手の攻撃に対する対処法、やアイデアの枯渇は、負けに繋がる。

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アイディアを具現化すると、次のアイディアが生まれる

 

ローキックをバンバン打ち込まれている状況を打開できず、どう脱出するか、どうやってカウンターにつなげればいいか、のアイデアが浮かばないから、体も動かない。実は、ハイキックでにカウンターのチャンスが何度も来てるかもしれない。そんなアイデアが頭の片隅にでもあれば、それをトリガーとして突破口が開けることもある。アイデアを枯渇させないためにも、普段からどんどんアイデアを実践して、試合での動きにフィードバッグさせることを一流選手は実践しているという。

 

同じく、藤原も、日本人には学ぼうという姿勢が少ないことを憂いている。「何でだろう」「どうしてだろう」という考えを持たなければ進歩は無い。その発想と、そこからさらに創造性を持てば、さらに一歩先に行ける。

 

「考えるための道具としても興味深い。これは全く新しい練習グッズですから。練習でも、汗をかいただけの自己満足で終わってしまうことなく、そこにさらにクリエイティビティを活かしてふくらます。それができたら、手を付けられないくらい成長しますよ(笑)」(藤原)

 

 

 格闘技ブーム等を経て落ち着いた感のある現代でも、めまぐるしく技術は進歩し続け、新しい技もどんどん出てきている。実践者はそれらを記憶しておき、試合の時にはその中から的確な技を選択する能力も磨き上げていくべきだ。不規則に、かつ変幻自在に動く「KOバッグ」「エクストラ」を相手にした練習ならば、自分でその場面場面に合わせた技を一瞬の判断で的確に選択して出す能力も養われる。誰かに戦い方を教わるのではなく、自分が自分の師匠になったような形で、技の組み立て等を創造する力も磨かれる。

 

UFCの初代王者、ホイス・グレイシーは「技術とは引き出しである」との言葉を残しています。持っている武器をどう使うか、また使わないか、。例えば、一発蹴ったらこのバッグだと斜めになってしまう。その斜めの状態に対して、次に何を仕掛けるか。いろんな動きをするので、随時選択をし続ける。試合というのは、一瞬一瞬の判断と取捨選択をテーマとする、そういう練習もできます」(Dr.F)

 

 格闘技のさらなる進化をもとめて格闘技医学会のアイディアが反映された「KO養成サンドバッグ」「KOバッグ・エクストラ」。無限の可能性を秘めているこれらのグッズ、さらなる価値を付加するのは、これからの世代かもしれない。

 

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戦いをクリエイトする

 

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監修:格闘技医学会

協力:イサミ バンゲリングベイ クエス

出典:Dr.Fの格闘技医学(秀和システム

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https://www.amazon.co.jp/Dr-F%E3%81%AE%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E5%8C%BB%E5%AD%A6-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4798046515