スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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元プロボクサー/産婦人科医、高橋怜奈ドクター×Dr.F対談1 ~恐怖の克服~

格闘技と医療の橋渡しを常に念頭に置く格闘技医学。ある意味、その理念を体現する2人の対談が実現! 元プロボクサーで、現役当時から産婦人科医として活動してきた髙橋怜奈ドクターとDr.F。対談に先立ち、スパーリングが行われた。その後、どんな対話が行われるのか?

 

 

──今日は対談の前にスパーをされて、お互い熱が入っていましたね。

 

Dr.F SNSで存じ上げていた髙橋先生と今日初めてお会いできて嬉しくて。プロに対して無謀ではあったんですが、スパーをお願いしました。本当にご自身のボクシングを丁寧に創造してこられたんだなというのを感じましたね。こちらが技を振っても、大きくブレないんですよね。自分の構えやスタイルを大事にしていて、どんな局面でもスッとニュートラルに戻るんですが、その戻る時間がすごく短いなと思いました。

 

髙橋 ありがとうございます! 二重作先生は格闘技経験が長いだけあって、完全にファイターの目ですよね(笑)。「次はどんなパンチで遊んでやろうかな」という感じで、自分が獲物になった感覚でした。でも、いろんな技を見られたし、スイッチもされたりとかで、すごく強い人の胸を借りているという感覚があって、すごく勉強になりました。

 

Dr.F いやいや、こんな風におっしゃってくださっていますが、本当に当てていたら2発ぐらいで僕は心が折れていますから(笑)。僕も本当にいい経験をさせていただいて、対談前に拳の会話ができてよかったです。

 

髙橋 私もやってて面白くて、思わず顔がにやけちゃいました(笑)。

 

Dr.F あははは(笑)あえて髙橋“選手”と言わせていただきますが、髙橋選手は攻撃をもらうことを喜んでましたよね。プライドが高い人は、もらうのをいやがるんですよ。今回は「あ、もらった! ここからどうしようかな」という脳内の会話がスパー中に聞こえてきました。

 

髙橋 ボクシングを始める前の人生では一度も鼻血を出したことがなかったのに、ジムに入ってすごく初期のスパーリングで鼻血を出したんですよ。それで最初はスパー恐怖症になってしまって、スパーと聞くだけで足が震えるようになったんです。

 

スパー中もパンチを出されたら横を向いてしまうという時期があったんですけど、そこからは何とか乗り越えました。その後は、もらうとそのことを思い出して「あ、来た来た! この感じ!」と思うようになりました。

 

 

Dr.F おおお、そうだったんですね!具体的にはどうやって恐怖症を克服されたんですか?

 

 

髙橋 最初の頃は腕も細かったし、コンタクトスポーツの経験もなかったので、「向いてないよ」と言われたりもしました。当時すでに産婦人科医4年目ぐらいで、手術もしていたので、「ケガをしたら仕事にも支障が出るので、やめた方がいい」と。私は内山高志チャンピオンの試合を見て、憧れて同じジムに入ったんですが、実際にお会いして仕事の話をしたら「危ないからプロはやめた方がいいんじゃない」って言われました。

 

 

Dr.F 始めるきっかけ、憧れの人に!

 

髙橋 そうなんです。その時は「何だよ!」と思ったんですが、今になってみたら「止める気持ちも分かるな」と思うようになりました。その時にいろんな人に「向いてないよ」って言われて、自分でも一瞬「向いてないかも」と思いかけたんですが、あまりに言われるので逆に「何クソ!」という気持ちが出てきて、ハチャメチャにやるようになって乗り越えられたというのはあるかもしれないですね。

 

Dr.F なるほど~。

 

髙橋 あと、下を向いていたらもらう一方なので、ちゃんと相手に面と向かわないとと思って腹をくくったのも大きいです。「ちゃんと相手のパンチを見て、ガードで止めたりすれば、本当は怖くないんだよ」って言われて、確かにそうだなと思ったというのもあって。そこで正しい防御の仕方を教わったのはよかったと思います。

 

 

Dr.F それは深いですね。「見えるから怖くない」というのはすごく重要なことで、例えば胃が痛い時に、それが疲れているだけなのか、それとも胃癌みたいな危険なもなのかは、見えない、わからないから怖いわけですよね。でも先生はディフェンスを教わって身につけた時に、「殴り合い」から「ボクシング」に進化した。

 

髙橋 そうですね。

 

Dr.F 最初の殴り合いって、怖んですよね。ボクシングや格闘技は「殴り合い」「蹴り合い」「倒し合い」だと思っている人はけっこういて、格闘技の世界の中にも意外と多いんですよ。だから「足を止めて殴り合え」「試合に負けたら次の日から練習して当たり前」という風潮がいまだにありますけど、そういう中で先生やジムの方々が「自分を守れ」ということでディフェンスを重視したというのは素晴らしいと思います。

 

高橋 ありがとうございます。身を守るって大切ですよね。

 

Dr.F「プロにならない方がいいよ」という言葉も、一見冷たく聞こえるんですけど、「お前は能力がないからやめとけ」ということではなくて、ドクターとしてもこれから上に上がっていく4年目という大事な時期だし、特に女性ということもあって「同じ努力をしても報われるとは限らない世界だよ」ということも含まれているような気がするんですよね。

 

──Dr.Fは8歳から空手を始められましたが、髙橋先生は、医師になってからボクシングを始められた。お二人の道のりの違いもまた興味深いですね。高橋先生のキャリアを改めてお聞かせいただけますか?

 

髙橋 私は2009年に医学部を卒業して、2011年から産婦人科医になったんですが、2015年に当時バイトで入っていた産婦人科クリニックで誘われて、内山選手の世界戦を見に行ったんです。

 

そこで「カッコいい!」と思ってボクシングを始めたくなったんですけど、まずは「専門医にならないと」と思って、ジムに入会したのは翌年の2016年でした。その約1年後にプロデビュー戦をやって負けて、2020年10月の試合を最後に引退しました。生涯戦績は6戦2勝4敗です。

 

Dr.F デビュー戦は緊張しましたか?

 

髙橋 しました!(笑) 初めての試合ということで応援もたくさん来てくれて、「いいとこ見せるぞ!」という気持ちも強かったんですけど、負けてメッチャ悔しかったですね。

 

──医師とボクサーの両立というと、単純に「大変そうだな」と思いますが……。

 

髙橋 日中は病院の仕事をして、ジムに行くのはだいたい夜7時半~8時頃で、週5で練習していましたね。減量は試合前の約2ヵ月かけて仕上げて、そこはそんなに苦にはならなかったです。

 

ただ、1日中手術が入っていたりして、その後にジムというと気分が乗らない日もあったり、練習ですっごく疲れた翌日に朝から仕事というのも、体力的には厳しかったですね。その時になって、最初に「やめといた方がいいよ」と言っていた人の気持ちが分かったんです。

 

 

 

高橋怜奈ドクターのYou Tube

www.youtube.com

 

 

「プロは生半可な気持ちじゃやれないよ」ということだったと思うんですけど、当時は「いや、できるっしょ!」ぐらいの気持ちだったんですよ。今思えば、甘かったですね。よくやれたなとも思うんですけど、もっと若い時に出会いたかったという気持ちもあります。

 

Dr.F ただ、そういう無茶ができるのも若い年代ならでは、ということでもありますよね。確かにボクシングだけでも大変だし、医師だけでも大変で、それを両方やるというのは、世間の人は「二兎を追う」と言いますよね。

 

 

私もよく言われました(笑)でも、やってる本人からしたら右足と左足みたいなものなんですよ。片方でやっていることが、反対側のストレス発散にもなるし、こっちで学んだことが逆側に生きるということもあるし。

 

髙橋 確かにそうですね。やっぱりボクシングを始める前と後では、医療への向き合い方も変わったなと思います。

 

Dr.F それはすごく興味深い部分です。

 

(続く)

 

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