スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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世界王者・纐纈 卓真 VS Dr.F 対談③ ~強制の限界と指導者指導~



―――前号に引き続き、カラテ家・纐纈代表とDr.Fの対談をお送りします。お2人は現在、選手を引退されて新しいステージにいらっしゃるわけですが、「現在の立ち位置から興味があることはなんでしょうか?」という話題から進めてみたいと思います。では纐纈代表よりお願いします。

 

纐纈 やはり今は指導ですね。引退する前から指導には携わらせて頂いていたのですが、引退するまでは「自分が強くなるためにやってきたことを伝える」というような「自分の為にやったことを共有する指導法」だったんです。

 

 でも引退して色んな経験をする中で『それだけじゃダメだ』と痛感し、今は「各々の道場生に合った指導」を目標にしています。その難しさに四苦八苦しながら試行錯誤を繰り返しているので「指導」は僕の中で今スゴく興味があるところです。

 

―――なるほど、指導に関しては、引退前と引退後でスタンスが変わられたのですね。Dr.Fは指導に関してはどうですか?

 

Dr.F 僕の場合は17歳の時から少年部と一般部の指導をインターナショナル空手古武道連盟・養秀会という流派の篠原支部長の監督下でやらせていただいてました。北九州にある小さな公民館での練習でしたし、選手志望の人は少なかったから、自分が強くなるためには練習仲間や後輩を強くしていく以外方法が無くて・・・。

 

 また大学時代は極真カラテ同好会を立ち上げた関係で、「ますは友達を誘ってカラテに興味をもってもらう」がスタート地点でした。とはいえ、今振り返ると「あれは良くなかったな」「今ならもっといい方法でやるのに」という反省は多々ありますね。

 



―――かなり早い段階から「練習と指導」が一体だったわけですね。

 

Dr.F はい、あと会員勧誘もですね(笑)現在は、格闘技・武道はもちろん、スポーツ領域における指導者指導、教育者教育、という立ち位置で関わらせていただいています。

 

 

ーーー海外に赴いての格闘技医学の指導も、指導者指導、教育者教育の一環なのですか?

 

Dr.F はい、その通りです。もちろん選手とも練習したり、一緒に課題を考えたりするのですが、指導者と医学的な原理原則を共有することで、多くの生徒さんに強さの根拠や背景にある医科学が伝わるので。「こうやって、こうして、あーやると強く打てる」よりも手のレントゲンを見せて、「僕らの手は実はこうなってるんです、さぁ、どう使いましょう?」という感じですね。

 

纐纈 僕も格闘技医学会で解剖や機能を学ばせていただいてるんですが、レントゲンなどの画像で人体のことをきちんと理解しながら、自身の経験と照らし合わせる作業は相当面白いし、勉強になります。

 

Dr.F ありがとうございます。ひとつのレントゲンからディスカッションがどんどん展開されていくので、僕もかなり面白がっています(笑)纐纈代表の指導者としての現場での試行錯誤にも関心がありまして、ぜひ指導についての考えをお伺いしたいです。



纐纈 「この方法が絶対に正しい」とは僕には言えませんが、これまでの経験から『この選手にはこの技術がフィットするだろうな』とか『今この選手に必要なのはコレ』といった事は少なからず分かったりします。

 

 でもその選手のモチベーションや状態によっては、それがもし合っていたとしても効果を発揮しないどころか、取り組んでも貰えないなんてことも少なくないんです。

 

Dr.F 取り組んでももらえない?

 

纐纈:そうなんです。『なんか上手く伝わってないな…』『この子の場合はモチベーションを上げないと、そもそも練習の質が上がらない…』といった経験をする中で、技術以外の部分でも、これまで以上に「どう気づいてもらうか」「どうモチベーションをアップするか」といった方法を考える様になってきました。

 

Dr.F なるほど。とても重要なことですね。

 

纐纈 たとえば「十分な力量があるのに腕立てなどの補強で手抜きをする」「自分流があるのは良いものの、その拘りが強すぎて欠点が変わらず、実力的には十分なのにあるタイプの選手には必ず負けてしまう」など、他にも「これを解決するのは空手の技術じゃない」といったシュチュエーションを何度も経験してきました。

 

 正直こういう時、昔は強制的にさせることもあったのですが、結局そんな事をしても本人が望んでやろうとしている訳ではないので、その子の中で「コレは言われた時にやること」になってしまうだけなんですよね。

 

 やっぱり「やらせる」では本当の意味で強くなることはないんじゃないかって思いが、引退して道場生中心の目線になればなるほどドンドン強くなりました。

 



 

Dr.F 「これを解決するのは空手の技術じゃない」という纐纈代表の言葉は示唆に富んでいますね。「モチベーションを上げる」「それが必要であると気づくきっかけを与える」ってあらゆる場面で応用可能なテーマですよね。

 

 僕がいた地方の道場ではそれこそ「いじめられていて親が入門させた」とか「性格が内向的で気合はおろか、挨拶の声もほとんど聞こえない」とかで、そもそも試合志向の人が少なかったんで、まず「カラテって楽しい!」と感じてもらうのが先でした。

 

ーーーお二方の指導経験を伺いながら「やらせる」ではない指導の方向が見えてきました。強制ではない、自主的に練習に向かうために、どんな工夫をされていますか?

 

纐纈 そうですね、空手の道場は「同じメニューを全員でこなす」的な稽古が多くなってしまうのですが、それだけだとどうしても「やらされてる感」が出てしまうので、近年とくに意識的に取り組んでいるのが、稽古メニューの中に「難易度や強度といった変化させられる部分は道場生自身が選択して決められる」という形です。

 

そうすることで、皆んなで一緒にやるメニューの中にも『自分で決めた目標』が設定できるような工夫をしています。

 

Dr.F なるほど!格闘技は、相手あってのことですから、自分の都合で動きを止めるわけにはいかないじゃないですか。だから纐纈先生のように「決まってること」もやっぱり必要です。でもその中で可変的な余地がある、というのは、自分で掴みに行ってる感じ、しますよね。

 

 これは格闘技医学的にも興味深いんです。というのも上達に関わる脳の報酬系回路でドーパミンが大量に放出されるには「自分で選び取った感覚」が必要で、共通メニューの中にいい形で組み込まれていらっしゃるように感じました。

 

纐纈 おおお、そうなんですね!暗中模索の部分もあるので、そのような格闘技医学の背景を知ることで自信につながりますし、もっと高めようという気になります。二重作先生は空手道場時代、どんな工夫をされていましたか?

 

 

Dr.F そうですね、これは高校時代から、今も時々やっている方法なんですが、みんなで一斉にシャドーをやるんです。

 

 で、その中で、「これは!」という動きの人を見つけては、「みんな、注目ー!彼のこの動きを見てください」ってやるんですね。ステップがスムーズだとか、構えがスタイルにフィットしてるとか、ハイキックに至るポジショニングが上手いとか、表情が素晴らしいとか、伸張反射が使えてるとか。そういうところを、みんなに注目させながら、解説するんです。

 

纐纈:それは良いですね!一斉にやるシャドーでそういう展開は考えたことがなかったです。

 

Dr.F 今の時代、パンチや蹴りが上手い、とかはYou Tubeみてる素人でもわかるじゃないですか。そうではなくて、「実践してなければ着目しないポイント」とか、「本人も気づいてない特徴」をしっかりこちら側が捉えて、みんなの前で指摘しつつ、にわか発表会にしちゃうんです。



本人も「みんなが見てる」って気合いも入るし、嬉しいし。周りも次は僕が手本になるかもしれない、と熱が入る。

 

纐纈:なるほど!

 

Dr.F カラテはあんまり好きじゃなかったとしても、周囲に認められることとか、全体の役に立つことは、おそらく嫌いじゃないので。「弱点を指摘される練習」だと、不登校の子供さんはまず続かないので「強点を認める練習」を多くするように意識しています。

 

 

 

 

纐纈 確かに弱点を指摘されて心が折れないのは、すでに『俺は絶対に強くなるんだ!』って奮起している人だけで、折れる人の方が多いんですよね…。

 

Dr.F そうなんです。「道場に来るだけでも素晴らしい!」ってホントに思いますし。

 

纐纈 たしかにそうです!

 

Dr.F 纐纈代表はどのように選手の強さを引き出していらっしゃいますか?

 

纐纈:僕は3人1組で「良い出しミット」というのをやったりします。1人はミットをする人、1人は持つ人、1人は良い所を見付ける人。ルールは初級者なら「良い出し役の人は何でも良いからミット終了後に必ず1つは良かった点をやった人に伝える」。上級者ならそこに「良い点がなぜ良かったのかを具体的に伝え、もし気ついた改善点があれば「ココをこうするともっと良くなるんじゃないかと思う」と気づいた点も伝える」といったものです。

 

Dr.F 良い出しミット、おもしろそうですねー!言語化にもなりますね。

 

纐纈:こうすることで、やる人は良い所を見付けて欲しくて頑張ったり工夫してくれるという点もありますが、自分ではなく「人から見て良いと思う点」に気づけたりします。また、良い出し役の人は「何か1つでもその子の良い点を見付けてミットが終わったら伝えなくてはいけない」というルールがあるので、人の動きを集中して見ざるを得なくなります。

 

Dr.F なるほど、マストのルールがあるのはいいですね。

 

纐纈:そうなんです。その中で『この子のこんな所が良い』だけでなく、『こんな方法もあるんだ』『これは自分にも使えるかも』といった発見や『こうしたらもっと良くなるんじゃないか』というアイディアなど、道場生が自ら工夫するキッカケ作りの一環として導入したりしています。

 

(④へ続く)

 

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