スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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現役ドクター3人座談会② 失われた命へのマウンティング

 

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( CNN 13歳のムエタイ選手、ノックアウトされ死亡。少年保護の規制強化へ

https://www.cnn.co.jp/world/35128692.html )

 

Dr.F 藤崎先生、鞆先生、真っ直ぐなご意見をありがとうございます。頭部の脆弱性を考慮した場合、僕もパンチ、キック、投げなどの直接の外力は危険だと思います。これに関連して、もう一つ懸念される出来事を目にしました。

 

――懸念される出来事とは?

 

Dr.F あるフルコンの指導者がムエタイの子供が亡くなった事件をシェアしてたのですが、「それと比較してフルコンは安全だ」という論旨の文章を記していました。僕は、その論調にも凄く危険を感じたんです。

 

藤崎 それは怖いことですね・・・。

 

 Dr.F ゾッとしました。ひとつの命が亡くなっているのに、それを題材に自分のところのルールの優位性を語る態度、目に見える試合ルールだけを比較して論じている方が指導している事実、自分も他人の小さな命を預かっている意識の欠如。そんなものを感じてしまったのです。言ってしまえば、失われた命へのマウンティングなのですが、それにも無自覚でした。

 

どうしてもこの業界は、「うちはよそとこのように違う」というところに収束させがちな傾向を感じ、いたたまれない気持ちになりました。

 

 

 鞆 それはよくないですね・・・。「安全性についての相対的比較」は非常に危険だと私は思います。仮に、死亡事故や脳に障害が残るなどの事実がゼロであったとしても、だから安全と言い切れるものではありません。やはり最大限のリスク管理をしないと悲しい事故は防げないと思います。藤崎先生はいかがですか?

 

藤崎 二重作先生、鞆先生のお考えに賛同です。成人の打撃系格闘技が先に存在しているため、どうしても子供にも同じ競技を当てはめてしまいがちです。こういった問題の解決案として競技ルールそのものを変更するという策はないでしょうか?

 

私がお世話になったボクシングジムでは、独自に開発した攻撃判定装置で直接打撃を当てない「健康ボクシング大会」を開催しています。これはヘッドギア、ボディプロテクタに受信機、グローブに発信器がついていて有効な打撃を判定する機器です。

 

Dr.F その情報は初めて伺いました、興味深いですね!

 

 藤崎 なかなかの機器だと思っています。それは格闘技ではないと言われそうですが、一定の年齢まで頭部・顔面への打撃は控えた方が良いことは事実だと思います。

 

 

鞆 格闘技そのものではないかも知れないけど、格闘技で安全に強くなれる可能性はありそうですね。

 

Dr.F 対人でお互い自由に動いてる中での、技の正確性や駆け引きを、毎回、脳細胞を犠牲にしながらやっていては弱くなります。弱くなる練習、ダメージが大きい練習をいかに減らすか、は重要なテーマです。

 

藤崎 確かにそうですね。「安全性の相対比較」に関してですが、どの世界、どの業界においてもこの「相対比較の罠」が潜んでいます。

 

魅力的な競技として普及を図る際、強さをストロングポイントとする団体が出てきます。しかしながら安全管理が不十分だと、情熱を捧げた指導が残念な結末に至る可能性も高くなる。ですから競技全体の安全性にも十分な配慮が必要す。特に少年・女子では安全性が最重要であることは言うまでもないです。

 

鞆 私はアメフトのチームドクターもしていますが、アメフトでは頭部外傷による脳震盪に対してSCAT(スポーツによる脳震盪評価)を使用して、安全性を保つような努力をしています。

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マチュアボクシングにおいても、本来SCATを使用すべきと考えます。子供に対しては、何倍も安全性を考慮しないといけないと思いますが、最低でもSCATと同様レベルの安全確保はすべきです。

 

ーーー先生方から、安全面の管理の重要性を伺うことができました。実際に、ドクターとして関わった経験などから、危険な場面を経験されたことはありますか?

 

藤崎 ある世界王者が計量失敗で試合前にベルト剥奪された試合がありました。私はリングサイド席に観客として座ってました。明らかに減量苦からコンディションが悪く、全く本来の動きが出来ていませんでした。

 

当然、防御の反応が遅れますので危ないパンチのもらい方をしていました。凄く危険だな、と思って3Rくらいで試合は止めた方が良いと思いましたが、結局9R(TKO)まで試合は進みました。どう見ても試合が出来るコンディションではなかったです。プロは興業という側面があるので難しい点がありますが、選手生命を考えると非常に考えさせられる試合でした。

 

Dr.F 防御反応が遅れる、を見逃されていない視点に感服しました。コンディション不良は、筋力やパワーよりも、反応速度により顕著に現れる。これは藤崎先生のご経験と医学知識から得られる公式のひとつです。無理な減量をした選手は、体内でどんな変化が起きるのか、内科的側面から解説いただけますか?

 

藤崎 短期間に過度の減量をした場合、極度の脱水状態となっている可能性が高いです。このような状況下では、強い倦怠感、悪心、嘔吐などの症状が出ます。脱水症は頻脈もたらし、体温調節に影響を与えます。

 

また、脱水症では持久力が低下します。パフォーマンスに最も重要とも言える脳神経系の反応速度も脱水症で低下するとされています。

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新百合ヶ丘総合病院サイトより引用 

https://www.shinyuri-hospital.com/column/co-medical/column_riha_201910.html)

 

Dr.F ありがとうございます、脱水状態自体が危険な上、その状態での試合はハイリスク、というわけですね。

 

僕も臨床上、入院患者様の下痢などによる脱水に遭遇しますが、電解質(ナトリウムやカリウム)の変化は、外から一切見えません。早い段階で血液検査を行い、輸液などで補正しないと、場合によっては命を落とす危険もあります。

 

選手が体重が落ちず、サウナで頑張りすぎで意識消失し救急搬送、という例がありますが、「外から見えない状態」は特には理解されづらいな、と感じます。

 

―――鞆先生、は医師として現場で肝を冷やしたご経験はございますか?

 

鞆 私がリングドクターをしている現場はアマチュアボクシングなので、プロに比べると、比較的安全性は確保されているとは思います。試合前に体調をチェックする検診があり、試合後にも全員検診があります。試合中も有効な打撃があるとすぐに中断します。試合の中断はかなり早い段階で行われます。むしろ試合中よりも試合後の方が気になることがあります。

 

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―――試合後、ですか?

 

 鞆 そうです。私から見て「けっこう打たれたなぁ」と感じる選手も、自覚はほとんどありません。でも、実際は何度も頭部に打撃を加えられた際に、脳の微細な血管が損傷している可能性があります。その状態で、さらに激しく頭を動かす事によって、出血が拡がり、脳出血クモ膜下出血に繋がることが想定されます。

 

私は「試合後は絶対にジャンプしないように」いつも話しています。また、勝った場合でも、試合後は激しく動かないように注意しないといけないです。

 

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(全血管ネットワーク可視化に成功 東京大学より引用

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0111_00016.html

 

Dr.F なるほど。試合後に車を運転してはいけない、24時間一人になってはいけない、ということは今までも伝えてきたつもりでしたが、「ジャンプしない」は盲点でした!

 

―――先生方、現役ドクター3人による座談会、どんどんとテーマが出てきて、どれも有意義で驚いております。ぜひこの続きは次号にてお願いします。

 

(③へ続く)

 

①はこちら

societyoffightingmedicine.hatenadiary.com

 

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格闘技医学 第2版

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