スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

スポーツの安全情報、医学情報を発信。

戦うナース VS 格闘技ドクター 正道会館・納江幸利支部長とDr.F(2/2)

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脳震盪を甘く見てはいけない

 

―――確かに、あの勢いは誰も止められなかったですね。

 

Dr.F ピンポイントの打撃に対して打たれ弱かったとはいえ、リングよりも圧倒的に広いフィールドで、超巨体で走り回った運動経験がありますからね。納江支部長は、ご自身の練習や御指導において、他のジャンルからのノウハウを生かす、ということはございますか?

 

納江 本当にラグビー選手のフィジカルは凄いと思います。ラグビー選手とは喧嘩しない様に!って思ってましたから(笑)僕自身は、みんな驚かれるんですがスポーツの経験は殆ど無いんです。中学生の時はテニス部を半年で辞め、高校の時はサッカー部を1週間て辞めましたから(笑)唯一継続しているのがカラテだけなんですけど、運動神経は悪い方では無いと思います。

 経験は無いですけど、僕が現役の頃は勿論、今もですが空手に活かす専門のトレーニングの本などが殆ど無い様な状態でしたので、陸上やフィジカルトレーニング、ウェイトリフティングなどの本を読んで、筋肉の付け方や栄養の取り方など色々試しながら稽古をしていました。1番参考にしていたのは格闘技雑誌の記事で、有名選手の稽古方法などを真似していました。

 

Dr.F ラグビー部のお話、よくわかります(笑)あの強靭さは半端ないですよね。当時、複数相手のトレーニングやラグビー部の選手に教えてもらったタックル練習を道場に導入したのを覚えています。おっしゃるとおり、納江支部長や僕らの世代は特に、今ほど練習方法が確立していなかったですし、今のようにインターネットでトップ選手の練習が無料で見られる環境ではなかったですから、その分、貪欲に強くなるための情報を漁っていた、という側面はあるかも知れないですね!

   一方で、納江支部長は、看護師でもいらっしゃいます。医学を学んだり、実際に患者様と接する中で、格闘技や武道の世界とのギャップを感じられることはございますか?

 

【感染の恐ろしさ】

納江 医療の世界では「スタンダードプリコーション」という考え方が有りまして、「患者の汗を除く分泌物(血液・体液)、排泄物、傷のある皮膚、粘膜などを感染の危険を有するものとみなす。」というきまりがあるわけです。なので、医療や介護の現場では血液や排泄物を触る時は若しくは触れる危険性がある時は必ずディスポーザブル(使い捨て)の手袋をして接触します。ですが、今の格闘技界にそいうい概念は殆ど無いと思います。子供でも親からの垂直感染で、何かしらの感染物を持っているかもしれません。打撃での怪我での出血や鼻血などを素手で触ると、自分が感染してしまうリスク、そこから家族や身の回りの人に感染させてしまう可能性があるわけです。なので、僕はバッグの中にディスポーザブルの手袋を忍ばせています。滅多に使うことはないのですが、いざ!という時もあるわけですから。

 それと、足を挫く事や突き指なども時々あるのですが、整形外科に勤務していた時にテーピングの基礎を習ってますので、簡単な固定はしています。テーピングはある程度勉強させている指導者の方は出来られると思うのですが、現状として少ないと思いますし、血液や排泄物などへの対応は、医療従事者では無いと知らないのでは無いでしょうか?UFCのレフェリーやセコンドは必ずディスポの手袋を使ってますが、今の日本の格闘技や武道界はそこまで感染に注意していないように感じています。

 

Dr.F おっしゃる通り、僕も格闘技界・武道界における感染症リスクへの意識の低さについては危惧しており、こちらの連載はじめ、SNSなどでも格闘技医学情報として発信してきました。 

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納江支部長はじめ、安全面にも意識の高い先生方も情報をシェアしてくださったり、勉強会に足を運んでくださったりするようになったのは喜ばしいです。ただ、安全面も指導もそうなんですが、積極的に情報に触れてアップデートしていく方と、旧態依然とした考えに留まる方のギャップが大きいことが気になります。リングで出血があってもタオルかなんかで拭いていますし、試合会場の控室に行けば、血液の付着したティッシュが普通のゴミ箱に入っています。

 選手はもちろんですが、レフェリーの皆さんでさえB形肝炎ウイルスの予防接種も行っていない方もたくさんいるのが現状です。医療の世界やUFCでは当たり前のことが、日本の格闘技や武道ではまだまだ遅れているし、「流血しながらも頑張った」が勲章のように取り扱われている傾向が僕もとても気になっています。試合だけではなく練習の環境も怖いですね。サンドバックや砂袋に付着した肝炎ウイルスは数ヶ月生き続けることがありますし、ウイルスと細菌は全く別ものなのですが、「うちは除菌してるから大丈夫です」という感じになってしまっています、、、。ウイルスには通常の消毒液類は効かないのですが、、、。納江支部長が実践されているようなノウハウであったり、正しい知識や情報もしっかりと共有していくべきだと思っています。

 

納江 感染に関する情報共有は急務ですね。僕の愛読書である、エキスパートナースの8月号でも感染対策の特集が組まれてまして、タイムリーだなぁと思ったんですがウイルスにはアルコール消毒では不十分で次亜塩素酸ナトリウムという、所謂ハイターでないと効果が無いウィルスかいます。嘔吐下痢症で有名なロタウイルスは、その最たるもので、アルコールでは効果なし!しかも、感染性持続期間は6日〜60日という長さ。床に付着しても飛沫して感染する恐れが高いウイルスなので危険性は高いですよね。日本のジムや道場での感染症対策は経営者の知識不足、勉強不足も有りますが、啓発もしていかないと、認識が広まらないですよね。先生のスタジオでは、その辺りをどの様にされているんですか?

 

Dr.F 怖いですよね・・・嘔吐や下痢でも、身体の小さな子供や少年部の選手の弟さん、妹さんに感染したら、身体の予備能が小さいだけに致命的な場合もありますからね・・・。納江支部長のような立場の方からのご提言・ご発信は凄く有意義だと思います。僕のスタジオでは、「予防に勝る治療なし」の具現化に取り組んでいます。いろいろ試行錯誤してきた結果、「練習で怪我をする」、「練習で出血が起きる」ということがあってはいけない、という前提でメニューやシステムをつくっていますね。出血の傷がもしある場合は基本的にスタジオに来てはいけないんです。出血が伴う可能性がある場合、完全に密閉してもらい、コンタクト練習は禁止、シャドーだけ。厳しいようですが、競技で結果を出すために、1リスク管理、2セルフコントロール、3練習相手への配慮、を掲げています。

 

【練習での安全管理】

――練習相手の配慮は大切ですね。関西方面のある道場では、現役トップ選手が普通の稽古生を実験台にして内臓破裂が起きた、という話も伝わってきます。

 

Dr.F なんでそんなことが起きちゃうんですかね・・・。

 

納江 ・・・言葉を失いますね・・・。

 

Dr.F 納江支部長のように、安全意識の高い指導者が増えるといいんですが・・・。道場生の健康を守る、という意味で、他にはどのような取り組みをされていますか?

 

納江 脳震盪ですが、先生が提唱されている様に「セカンドインパクトが危ない!」という意識を持っています。うちではハイキックなどがヒットすると、必ず稽古を中断して休ませます。そして、頭痛や吐気などの症状が無いかを小まめに確認し、保護者の方にも必ず脳神経外科を受診するようにお伝えする、もしくは僕もそのまま病院へ付き添って受診させるようにしています。事例としては滅多に無いことですけども、コンタクト練習を行う以上、起きうることですので、細心の注意をしています。これも看護師としての知識や経験が生きていますね。

 僕の道場の責任者で古川という普段は作業療法士として施設でリハビリをしている指導者がいるのですが、彼もリハビリのプロなので、その辺りの意識が強く、道場生がハイキックをもらった時には、近くの総合病院へ連れて行ってくれたり、受診を積極的に行ってくれたりしています。幸い何事も無かったんですが、その意識を持つ事が指導者としては大切かと。

 

Dr.F 素晴らしいですね。こればっかりは、「疑う」ところがスタートになりますよね。脳に関して、また怪我やダメージに関して、「間違った経験則」くらい邪魔になるものはありません。「そのくらい大丈夫」って言ってる人は、たまたま頑丈だったか、運が良かっただけ。納江支部長や古川さんの動きは、これからスタンダード、お手本になるべき事例です!

 

納江 ありがとうございます。これも、先生や格闘技医学会さんが、正しい情報をずっと発信し続けてきてくださったからです。

 

【試合指向の弊害】

―――お二人のご提言、お話はとても興味深く、今後の格闘技・武道の世界にとっても重要なことだと思います。それでは、読者の皆様へのメッセージと、今回の対談の総評をお願いします。

 

納江 僕の道場は礼儀・挨拶佐賀県No.1♪を謳い文句にしているのですが、大きな声で返事や挨拶はとても厳しく指導しています。カラテの道場は試合志向の道場が多いと思うのですが、僕は「試合は飽くまで空手稽古の一貫であり、全てではない」と指導しています。僕自身も試合に出る事で成長させて頂いたし、試合に出た方が早く強くなれます。しかし、試合を重視してしまうと燃え尽きるのも早い様に思います。

 うちは年間3大会と出場制限をしていますが、他流派さんでは毎月だったり、毎週大会に出場させている、という風に聴いた事も有ります。それでは休む暇が有りません。子供は回復が早いので今は良いのでしょうが、疲労や怪我は段々と蓄積していき、大人になった時に色んな障害が起こる可能性があると思います。子供達はいづれ社会に出ていくわけです。その時に大きな声で挨拶や返事が出来る。しっかりと礼儀が出来る。自分で考えて行動する事が出来る。困難事例に逃げずに取り組む事出来る。こういう事をカラテで身に付けて貰い社会に出た時に役立てて貰いたいと考えています。

 「進化する空手」を通じて、自分で進化していく楽しさも学んで欲しいですね。お陰様で、うちの道場は中学生になっても続けてくれる子がほとんどです。口だけで指導をする先生になり下がらない様に、率先して前に出て道場性を引っ張って行く指導者であり続けるために精進して行きます。

 今回の対談の様な貴重な経験をさせて頂き、二重作先生には感謝の念で一杯です。自分も対談や交流を通じて成長させていただいている感じです!先生には、医学的観点からのスポーツ全体に影響する医学の本を出版して欲しいと願っています。またファイト&ライフさんのように、ライフを真剣に考えてくださる専門誌の存在が有り難いです。機会をいただきありがとうございます。

 

Dr.F 現場の経験を生かして仕事や道場に生かされていらっしゃる納江支部長のお考えや経験を伺えて、とても意義深かったです。僕も日々医療の現場にいて、ナースの皆さんの観察力、洞察力、患者様の心理を把握する能力は、プロとして凄いものがあります。人間にフォーカスした納江支部長のカラテ観にも大いに共感いたしましたし、僕自身、対談を通じて学ぶことがたくさんでした。きっと読者の皆様にも響くヒントがたくさんあったのではないでしょうか?微力ながら、現場で正しく格闘技や武道を伝える方々をこれからも応援させていただきたいと意を新たにしました!スポーツ医学の宿題も、受けとりました。押忍!

 

戦うナース VS 格闘技ドクター 正道会館・納江幸利支部長とDr.F(1) - 格闘技医学会

(ファイト&ライフより)

 

 

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