パンチドランカー(2)「打ち合い」は素人でもできる、「もらわない技術」こそ修練の証。
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・予防の意識が低い指導者に注意!
・脳への衝撃を減らす練習体系とは?
・「打ち合い」は素人でもできる。「もらわない技術」こそ修練の証。
・シャドーは選手の身分証明書
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【パンチドランカー予防の意識】
格闘技・武道と脳へのダメージ、特にパンチドランカーについての話題になると、このような言葉を耳にすることがあります。
「うちはヘッドギアをつけてるから大丈夫」
「顔面パンチなしのルールだから安全」
「打撃はなく投げだけだがら脳の影響はない」
コンタクトスポーツである以上、それらの考えは相対的な比較に過ぎません。このルールだから大丈夫、こうしてるから大丈夫、という意識は、「窃盗罪だから殺人より悪くない」というような「比較」に過ぎません。そうではなく、格闘技をやる以上、ルールを問わず脳を守る意識こそ必要なのです。宣伝文句や営業として外に発信するフレーズではなく、「うちは大丈夫だろうか?」「どうやったら減らせるだろうか?」という内省的な意識のことです。
ボクシングやキックボクシングといった顔面を殴り合う格闘技はもちろん、顔面パンチのないルールのカラテでも、防具着用の拳法であっても、さらには球技であるサッカーやフットボールなどでも、リスクはゼロではない。顔面パンチの禁止されているカラテの大会で、上段蹴りによるKOで脳にダメージが蓄積している場合もありますし、組技格闘技ではパンチこそないですが、投げで脳が激しく揺れることがあります。競技者ではなくとも、毎日ミットをもって選手の打撃を受ければ脳は揺れますし、主にカラテで使用される、人間が隠れてしまうような大きなビックミットでも、持っている方は、ミットの重さと打撃の重さを全身に受けてしまいます。それらの影響が将来的にどう出るかは、調査さえ行われていないのが日本の現状なのです。
【脳が揺れる時間を極力減らす】
脳のダメージを極力避けながら、強さを目指すにはどうすべきか?
現実問題として、完全予防というのは難しいかも知れませんが、パーセンテージを低くすることは可能です。その方法の最優先課題として、「脳に衝撃が加わる時間を極力減らす練習体系の確立」を挙げています。
プロ格闘技や空手の大会で多くの名選手を輩出し続けている、正道会館の湊谷秀文コーチは私が知りうる中でも、もっとも安全と危険に対する意識の高い指導者のひとりです。ガチンコでやるスパーリングのラウンド数は○ラウンドまで、また軽いスパーリ
ングのラウンド数は△ラウンドまで、というように制限をしているそうです。私も直接ご指導をいただいたことがあるのですが、「パンチのときに、ここに頭があったら危ないでしょう」というような言い回しを自然にされるのです。他の多くの指導者が、「こっちの方が強く打てる」というロジックを展開される中、湊谷コーチの選手への愛にあふれたご指導に胸を打たれました。選手が倒れたときにも、真っ先にアクションを起こされる姿も印象的でした。
パンチドランカーになってしまう選手とキャリアが長くともほとんどならない選手がいるということは、意識的にせよ無意識にせよ、ドランカーにならない選手というのは何かしらの方策を取っていた可能性が高いといえるでしょう。練習体系や時間の配分のみならず、ファイトスタイルも大切です。「ディフェンスをせず打ち合い、どつき合いで観客を喜ばせるタイプ」の選手は、脳へのダメージの蓄積が大きくて、「脳」という視点から考えると危険度は大きいといえます。
普通は、リングを降りてからの人生のほうが長いです。将来を見据えた上で格闘技を捉えていくとすれば、ディフェンスの技術を徹底的に磨く必要がある。やはり脳を守る上でも、選手生命を長くする上でも、選手をリタイヤした後においても、最優先されるべきことだと思います。攻撃は、素人でもできます。選手が選手たる由縁、格闘家が格闘家たる由縁は、「相手の攻撃に対応できるか」だと思います。プロの第一線や世界レベルでやるとなると、ディフェンスの技術が高くないと絶対やれません。「俺は攻撃型だから」と言って、とにかく攻撃の練習ばかりやるのではなくて、やはりディフェンスの時間をちゃんと割くことを意識的に行っていくことが大切だと思います。
同時に、ディフェンスの技術、もらわない技術をもっと評価の対象に挙げるような流れも必要でしょう。ディフェンスと言っても、ガードを固めたり、ブロックするのではなく、「もらわない、食わらない、避ける、外す」を最上位の概念として、ガードやブロックはどうしても避けられないときの保険として二次的なものに位置づけることで、脳のダメージの軽減につながります。
昇級審査、昇段審査、プロテストなどの評価においても、やはりディフェンスやポジショニングをきちんとちゃんとできる実践者に級や段、帯、ライセンスを授与する。そのためにも指導者側もちゃんとディフェンスを見る目を持たないことには始まりません。
良いパンチ、良い蹴り、良い関節技、良い投げ技、など攻撃を評価するのは、少し格闘技に詳しい人間なら可能です。経験のある指導側が「もらわない技術」を適切に評価することで、攻防一体の技術のさらなる発展が見込まれます。
【シャドーでわかる脳を守る意識】
ちなみに選手がディフェンスを意識してるかどうか、それはシャドーで簡単に知ることが可能です。「シャドーをやってみてください」と何のヒントもなしにいきなりシャドーをぽんとやってらうと、攻撃だけのシャドーをやってしまうか、ちゃんとディフェンスやもらわない動きを混ぜるかで、選手のディフェンスに対する意識はもちろん、試合に対するイメージも伝わります。
シャドーでもディフェンスをきちんとやる選手は、つねに試合を意識したシャドーをやっていますので、シャドーがあたかも試合をしているように見えます。傍目に見ても、「この人は今、脳がフル回転して、イメージをはっきりさせてやっているんだな」とわかります。「もらわないで動く意識」や「ディフェンスの意識」がきちんと自分の技術の中に組み込まれている選手は、クリーンヒットをもらいにくく、実際に練習と試合のギャップも浅いのではないか、と現役選手とのトレーニングを通じで感じます。逆にシャドーでも他の練習でも、攻撃しかやらない選手というのは、まず自分がやられることを想定していません。「相手が目の前にいて試合をしているイメージ」が足りないので、試合と練習の間のギャップが大きく、その結果、ディフェンスもおろそかになってしまう傾向を感じます。
Dr.Fの格闘技医学 第2版(秀和システム)より