スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

スポーツの安全情報、医学情報を発信。

ジュニアと心臓震盪(1) 子供の心臓を守るのは大人の責務

・心臓震盪とは?

・なぜ子供に起きるのか?

・命に関わるその病態とは?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

心臓震盪(しんぞうしんとう)という言葉をご存じですか? スポーツ医学先進国のアメリカでは、1990年代から、スポーツ中の子供の突然死の原因として注目されていて、日本でも2000年代後半に入ってからニュースやネットでも取り上げられるようになりました。
 もともと心臓に異常のない子供や若者が、胸にボールが当たったり、肘が胸に当たったり、投げられたりして心臓が止まって死んでしまう現象であり、【心臓に加えられた機械的刺激により誘発された突然死】と定義されています。


1.心停止の直前に前胸部に非穿通性の衝撃をうけている

2.詳細な発生状況が判明している

3.胸骨、肋骨および心臓に構造的損傷がない

4.心血管系に奇形が存在しない

 

この4つがアメリカでの診断基準です。

 

・1月1日午後2時半ごろ、大阪府富田林市新堂、PL学園高校の野球グラウンドで、硬式野球の練習をしていたPL学園中学3年の男子生徒(15)が、送球が胸に当たって倒れた。病院に運ばれたが、午後9時半ごろ、死亡が確認された。富田林署の調べでは、生徒は中学の軟式野球部員。硬式の練習を希望し、高校の野球部員らの練習に参加していた。送球練習で二塁にいて、三塁から来たボールが胸に当たり、転がり落ちたボールを一塁に投げた後、倒れた。生徒の意識がもうろうとしていたため、監督が119番した。

 

・15歳男子、少林寺拳法の練習中、胸部へ打撃を受けた後心停止となった。CPRが実施され、救急隊による除細動により心拍再開した。後遺症なく退院し社会復帰した。(2000年5月)

 

・16歳男子。高校の柔道の授業中に小外刈りをかけられ腰部から転倒した。その後横四方固めで押さえ込まれた。直後に意識消失し、教師が心肺停止を確認した。心肺蘇生術が実施された。救急隊現着時心室細動を確認し、4回除細動が実施された。心室細動は継続し20分後に病院へ搬送されたが、心拍再開せず死亡した。特に既往疾患はなく健康であった。心臓震盪として第56回日本救急医学会関東地方会に発表された。

 

(※以上、心臓震盪から子供を救う会HPより引用)

このような症例があり、スポーツの現場、格闘技や武道の大会でも実際に心臓震盪が起きています。

 

【なぜ子供に多いのか?】
 国内での発生件数の90%以上が18歳未満、アメリカでは、70%が18歳未満。子供、未成年に好発します。胸部への衝撃手段は、ボールなどのスポーツ備品がぶつかって起きる例や、身体の衝突や遊びで起きる例、親のしつけで胸を叩く、兄弟喧嘩で肘で胸を小突いて起きたという例も報告されており、日常の中にも心臓震盪の可能性が潜んでいます。


 子供に起きやすいのは、子供の成長過程において心臓を守る胸郭(きょうかく)が未完成なため、といわれています。胸郭は、肋骨(ろっこつ)や胸骨(きょうこつ)、胸椎(きょうつい)からなる、大きな籠のような形をしており、その中に心臓や大動脈、肺などの重要な臓器や組織を納めています。

f:id:societyoffightingmedicine:20190217211543j:plain

子供は胸郭が未完で、外力に非常に弱い


 大人は骨が出来上がっているため、衝撃に耐えることができますが、子供の骨は柔らかく、外力に対して心臓をプロテクトできないんですね。子供の特徴である「成長」は「未完成」であり、心臓においても「大人にはない」子供特有のリスクがあるということです。


 格闘技・武道での試合や組手、スパーリングは、衝撃手段のほとんどが当てはまってしまいます。グローブや拳サポーターを用いての打撃は、スポーツ備品による発生に近く、肘や膝、かかとなどが胸部に入ってしまうことも試合ではあり得ます。柔道やレスリングなどの投げ技や、カラテやキックでの足掛けによる転倒で背中や胸をマットに強く打ちつけてしまい、心臓震盪を引き起こす可能性もあります。

 

 

【心臓震盪の病態】
 心臓震盪の最中に心電図が記録できたケースでは、致死的不整脈のひとつ「心室細動(しんしつさいどう)」が見られています。心臓震盪の病態を理解しやすくするために、まずは正常の心臓の仕組みから見てみましょう。


 心臓は、意思とは関係なく、昼も夜も、トレーニングの最中も、練習サボった日も、生きている限り動き続けます。怖い師範や先輩に会ったとき、初めてのデートのときなど、速く動きますし、自然に囲まれてリラックスしているときはゆっくり動きます。


 心臓がリズム良く動く秘密は、心臓の「刺激伝導系」と呼ばれるシステムにあります。心臓の上の部屋を心房(しんぼう)と呼びますが、右心房にある洞房結節(どうぼうけっせつ)というところが、心臓収縮の司令塔です。

f:id:societyoffightingmedicine:20190217213253j:plain

刺激伝導系に異常が起きる

 心筋を収縮させる電気的刺激が、この洞房結節から生み出され、心房内に刺激を伝達します。このとき心房は収縮し、心房内にある血液を心臓の下の部屋である心室(しんしつ)に送ります。次に、電気的刺激は房室結節(ぼうしつけっせつ)というところに伝わります。房室結節から、心臓の下の部屋である心室に刺激が伝わり、心室の心筋が収縮してポンプ作用が働き、肺や全身に血液が送り出されます。


 サッカーに例えるならば、洞房結節が監督、房室結節はチームリーダー。監督の出した指示が、リーダーと近くにいるプレイヤーにダイレクトに伝わり、遠くのプレイヤーはリーダーからの指示を聞いてから動くのです。そこに若干のタイムラグがあるため、心臓はまず心房が収縮して、次に心室が収縮する、という「規則的な秩序」が保たれるわけです。

 

f:id:societyoffightingmedicine:20190217220951j:plain

正常の心電図 リズムが規則的



 ところが心室細動では、この規則的な秩序が保たれなくなってしまいます。監督やリーダーの指示をまったく聞かず、それぞれの心筋が好き勝手に動いているような状態ですから、心臓のポンプ機能は完全に失われます。これでは、体に血液が送り出されなくなり、極めて危険な状態に陥ります。


 血液がSTOPすれば、意識消失、数秒で呼吸停止、数分で心臓停止して死に至ります。心電図もごらんのようにグチャグチャの波形。規則正しく記録されることはありません。心室細動は「心室が細かくしか動かない」という風に読んでいただき、心室がプルプルと痙攣している、そんなイメージを持っていただけると病態を理解しやすいかと思います。

f:id:societyoffightingmedicine:20190217221000j:plain

心室細動の波形


 私も、病院で心室細動に出くわした経験が何度かあります。病院では病状がよくない場合、心臓の状態を把握するために心電図をリアルタイムでモニタリングしますが、心電図上、心拍数が異常値をしめすと、「ピーッ、ピーッ」と大きな警告アラームが鳴り響きます。


 心室細動の場合、最初は心拍数がひたすら上昇します。180、190、そして200オーバーに上がっていきます。この場合は、もう迷わずCPR(心肺蘇生術)を行いつつ、電気ショックで「ドンッ」と除細動(じょさいどう)を行い、抗不整脈薬を投与します。とにかく、心室細動のような致死的不整脈に対しては、ゆっくりしている暇はなく、まさに「時間との勝負」になります。


 それでも、病院は救命に必要な条件がそろっています。心電図などの検査機器はありますし、電気的除細動器はあるし、点滴や薬剤もある。専門の知識と技術を持ったスタッフがいて、相当整った環境なんですね。何より、発見から処置までの時間が短い。
 もし試合場や道場で心臓震盪が起きたとしたら、何もしなければ時間の経過が命取りになります。そこで、現場で致死的不整脈から命を救う方法として開発されたのが、最近あちこちで見かける救命器具AEDです。

 

(2)へ続く

 

ジュニア格闘技・武道「安心安全」強化書より

f:id:societyoffightingmedicine:20190217222025j:plain

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80%E3%83%BB%E6%AD%A6%E9%81%93%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%BF%83%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%80%8D%E5%BC%B7%E5%8C%96%E6%9B%B8-%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BD%9C-%E6%8B%93%E4%B9%9F/dp/4809410773