KO感覚と医学的背景(2/2) 藤原あらし & Dr.F
【パワーバランスを考慮した練習】
60戦以上のキャリアを持ち、日本のキック界の中でもベテランとして君臨、かつムエタイの最高峰にも触れてきた藤原だけに、練習のやり方についても一家言持っている。その秘訣は「ほどほど」だということだ。
「試合に足を引きずって出ても、パフォーマンスは知れてます。ほどほどにやることも必要なんです。毎日やり切ってもう動けなくなるような練習を繰り返せますか? できる人もいるかもしれませんけど、大抵の人は壊れます。そこでイマジネーションが必要になります」(藤原)
例えば藤原は、ミット蹴りの時にミドルキックを50~65%で蹴る。それも「蹴った後の自分の状況をどれだけ安全に保てるか」だけを考えてやる。たとえ自分が入れた蹴りが軽くても、相手が出してきた次の反撃をちゃんとカットし、さらに蹴り返すことができるか、を考えて行う。一発100%の重い蹴りを蹴って「良い蹴りが入ったぜ!」って自己満足するような練習はしない。バランスを重要視しているのだ。
逆にパワー80%スピード20%で蹴ったら、力任せなだけにバランスが崩れやすい。パワー20%スピード80%の方が次の攻撃に繋げやすい。これもまた、試合巧者揃いのタイ人との多数の対戦経験から編み出したものだ。
「僕の経験では、蹴りの威力がものすごいタイ人はいなかった。こんなもんかって感じです。ただ、そう思って蹴りを受けた後に詰め寄ると『待ってました』とばかりに次のパンチとか肘を出そうと待っているんですよ」(藤原)
また、パワーだけを意識した蹴りだとスタミナもロスしやすい。これはいかなる強いタイ人も一緒で、本当に30~40%のミドルをパッと蹴るだけだという。でも、すぐに構え直して次の前蹴りの用意をして待ち構えている。この辺りの巧さが、タイ人の怖さだろう。
むしろ、日本人の方が思い切りガッ!とくるような強いミドルを蹴ってくるという。ただし、そういう蹴りは力に偏っていて遅い分、ディフェンスもしやすくなる。ガードはもちろん、スウェーしてかわしたり選択する余裕さえできる。そういうことも含んだ上で、藤原は現在ヘビーバッグ等で思い切り蹴り込むような練習はあまりやらない。同じ一人で行う練習なら、むしろ適度な大きさ、柔らかさがフィットするのだ。
【攻防一体の実現】
Dr.Fは「KOバッグ」でトレーニングを重ねる中で、エクストラのアイディアが浮かんだ。エクストラは、上にも下にも取り付け金具がついている。上にしかないと垂直に吊るすことしかできないが、上下にあることでバッグを水平にしたり、斜めにもできる。日々進化している格闘技の技術。パンチもキックも、今では考えられないような方向から飛んでくる。
縦や斜め方向から入れる技であるインローや前蹴り、踵落とし、縦蹴りや内廻し、そして胴回し回転蹴りなど、エクストラはセッティング次第でほとんどの打撃技が練習可能になる。
エクストラの特徴はそれだけではない。「KOバッグ」を繋ぐこともできる。二つ繋がっているとヌンチャクみたいな状態になるため、上にハイキックを入れたら下のバッグが自分を襲ってくることもあるし、ローキックを入れたら一回転して上から落ちてくる、なんてこともある。攻撃しながら、防御を意識した「攻防一体型の練習」ができるわけだ。
ローキッカーの選手には、上にエクストラ、下にKOバッグを2本、という組み合わせもおすすめだ。下の2本を相手選手の下肢に見立て、2本がそろっている時には外からのローキック、開いている時には、内側のローキック、ローの距離にない場合、ローを蹴りづらい瞬間には、上を蹴って相手を揺さぶる。
また、上に「エクストラ」、その下に自分のキックミットを繋げることもできる。
このミットを蹴るためには、一瞬のタイミングを逃してはならない。
「相手が止まっている状態でしたら容易に蹴れますが、動く相手、しかもこちらを攻めてくる相手に対しては、『一瞬のチャンス』を獲らなければなりません。プレッシャーの中で何とかしなければいけないのが競技の厳しさです。そういう意味でも、僕が小さい頃から欲しかった理想のグッズが、やっと完成しました(笑)」(Dr.F)
【思考停止をゼロに】
動きが不規則ゆえに、技を入れようとして外れてしまうこともある。しかし、試合でも相手は動く。むしろ「外れた瞬間こそどうするか」こそが大事になる。
「外しちゃった、どうしよう」「失敗した」と思考停止するのではなく、外したらすぐに次の動きに繋げることこそ勝利の鍵となるし、そこで心理的空白ができれば、動きにもそれが表れる。思考の一時停止は、動きのスピードに反映し、ピンチをつくる。
「戦いの中では、瞬時の判断が必要なんです。相手の制空権の中でゆっくり考えている暇はない。感覚を入力しながら、感じながら、一瞬一瞬、光速スピードで判断していくフロー状態。これこそ、脳が最も集中している状態なんですね。僕は、蹴っていて良い蹴りが入った!って自分の技に酔ったりしてました(笑)。でも、そこは必ず隙になりますし、そのあとに倒されて脳細胞が少し減りました(苦笑)。
強い人は、そこを絶対に見逃しません。いい感じの攻撃で相手にダメージを与えたとしても、そこで止まらない。蹴りが当たっても、外れても、一流選手たちは、『次の動き』への空白が無いのです。」(Dr.F)
Dr.F自身が、その「連続性」の重要性を「KOバッグ」を使った練習の中で感じ取った。自分が生み出したものに自分が教えられたというわけだ。
【圧倒的な運動量】
「KOバッグ」「エクストラ」の特徴に可動性の高さがある。ゴムチューブや滑車などで工夫すれば、KOバッグやエクストラは、予想を超える動きをする。その結果、圧倒的な情報処理能力と運動量を獲得することができる。マイク・タイソンやナジーム・ハメドといった倒せる強さを持った強豪選手には運動量の多さという点に関しても共通している。そしてまた、「止まるな、動け!」という教えは多くの道場やジムでも教えられていることでもある。
「倒せる選手で動けない選手はいないんじゃないですか?大体、動ける選手が動けない選手をKOしていますし、動ける選手が動かないときも、『動いていないように見えるだけ』で、脳と筋群は絶えず情報のやり取りをしています。同じ1分間の使い方でも、頭の中を含めて高速回転していますから、動けない1分間とは全く中身が違います。
動ける選手にしてみれば、動けない相手は静止画に見えるくらい運動量に差があると思います。試合に勝った時、「相手や周囲が良く見える」「セコンドの声がよく聴こえる」という経験は、情報処理能力と運動量が背景にあるからこそです」(Dr.F)
「KOバッグ」「エクストラ」によって「止まらず、運動量を上げていく」能力の養成も、Dr.Fの狙いであったという。
【気づかずに下がる、を無くす】
ジャンルレスに多くの選手に触れる格闘技ドクターという立場のDr.Fだが、身体面、精神面はもちろんパフォーマンス向上の面でも実践者からアドバイスを求められる。その中でも、特に尋ねられるのが「試合中、どうしても下がってしまう」という問題。
Dr.Fは、「相手に対する恐怖」という心理的な要因だけでなく、日常的な練習内容にも要因がある、と分析する。それはヘビーバッグなどの止まっている対象物での練習だ。ヘビーバッグは、一回蹴ったら一旦下がらないと次の蹴りに繋げられない。打撃を出しては距離をつくらないと練習が継続できないため、特性を十分理解していないと自然に下がるような動きが身についてしまう。しかも、困ったことに本人はほとんど自覚しないまま無意識的に身についてしまう選手が少なくない、という。
「戦略として相手を誘うためとか、間合いを取るためにわざと下がる分は良いんです。問題なのは『下がっていることに自分が気付いていない』こと。試合中下がるだけでは勝てません。もちろんずっと前に出る必要はありませんが、ここぞという時に前に出て相手にプレッシャーをかける。いつでも前に出れる状態で戦略的に下がる。格闘医学的に言うと、相手の網膜に自分の像を大きくなる方向で入力するんです。人間は、突然ダンプカーが目の前に突進してきたらビクッとするのが本能ですからね。ダンプカーが走り去っていっても怖くないけど、下がって行きなり向かってきたら怖いでしょう? 」(Dr.F)
勝つためにも、戦いにおいて「前に出る」ということは非常に大事なこと。そのためにも「KOバッグ」の可動性の高さは練習で役に立つ。時には追いかけてパンチやキック、跳び蹴りなんかも叩き込んでもいい。ワイヤーで移動式にしている道場もある。そういう練習をしておけば、普段から下がる癖もつかないし、下がる相手を追いかけて完全に仕留める動きも身につく、というKOバッグならではの利点もあるのだ。
【創造的スタイルを】
Dr.Fは「エクストラ」に機能性や有用性だけでなく、創造性も加味して開発した。
「どう使うかは、競技者の皆さん次第。百人いたら百人がそれなりの使い方をして欲しいのです。僕は、その一部の例を示すだけ。強くなるアイデアが浮かぶ限り、絶対に強くなれる。もっと素晴らしい景色が見える。ですから皆さんのアイディアを自信を持って形にして欲しいんです。」(Dr.F)
いろいろな選手と交流する中で、長いキャリアを積み重ねて上まで進んでいく選手は、
総じてクリエイティビティとセルフプロデュース能力が高く、自分が強くなる練習法を自分で開発する傾向があることがわかったという。
そういう人のためにも、「自由度の高い製品』を目指したという。練習法だけでなく、試合で勝つにも発想力は大事だと訴える。例えば試合中に相手の攻撃に対する対処法、やアイデアの枯渇は、負けに繋がる。
ローキックをバンバン打ち込まれている状況を打開できず、どう脱出するか、どうやってカウンターにつなげればいいか、のアイデアが浮かばないから、体も動かない。実は、ハイキックでにカウンターのチャンスが何度も来てるかもしれない。そんなアイデアが頭の片隅にでもあれば、それをトリガーとして突破口が開けることもある。アイデアを枯渇させないためにも、普段からどんどんアイデアを実践して、試合での動きにフィードバッグさせることを一流選手は実践しているという。
同じく、藤原も、日本人には学ぼうという姿勢が少ないことを憂いている。「何でだろう」「どうしてだろう」という考えを持たなければ進歩は無い。その発想と、そこからさらに創造性を持てば、さらに一歩先に行ける。
「考えるための道具としても興味深い。これは全く新しい練習グッズですから。練習でも、汗をかいただけの自己満足で終わってしまうことなく、そこにさらにクリエイティビティを活かしてふくらます。それができたら、手を付けられないくらい成長しますよ(笑)」(藤原)
格闘技ブーム等を経て落ち着いた感のある現代でも、めまぐるしく技術は進歩し続け、新しい技もどんどん出てきている。実践者はそれらを記憶しておき、試合の時にはその中から的確な技を選択する能力も磨き上げていくべきだ。不規則に、かつ変幻自在に動く「KOバッグ」「エクストラ」を相手にした練習ならば、自分でその場面場面に合わせた技を一瞬の判断で的確に選択して出す能力も養われる。誰かに戦い方を教わるのではなく、自分が自分の師匠になったような形で、技の組み立て等を創造する力も磨かれる。
「UFCの初代王者、ホイス・グレイシーは「技術とは引き出しである」との言葉を残しています。持っている武器をどう使うか、また使わないか、。例えば、一発蹴ったらこのバッグだと斜めになってしまう。その斜めの状態に対して、次に何を仕掛けるか。いろんな動きをするので、随時選択をし続ける。試合というのは、一瞬一瞬の判断と取捨選択をテーマとする、そういう練習もできます」(Dr.F)
格闘技のさらなる進化をもとめて格闘技医学会のアイディアが反映された「KO養成サンドバッグ」「KOバッグ・エクストラ」。無限の可能性を秘めているこれらのグッズ、さらなる価値を付加するのは、これからの世代かもしれない。
監修:格闘技医学会
出典:Dr.Fの格闘技医学(秀和システム)