・4つの代表的な血液感染症とは?
・検査で陰性なら安心か?
・ジムや道場での対応は?
・アルコール消毒は全く効かない!
【最恐のウイルスたち】
地上最強の戦士でも、こいつに関わったら勝てません。名前をHIVウイルスといいます。名前は有名ですが、画像で見たことある人は案外少ないのではないでしょうか?このHIVウイルスはじめ、血液感染を起こすウイルスは、格闘家・武道家含めた人類が戦わなくてはならない「最恐の」対戦相手たちです。
【感染症検査とタイムラグ】
プロ格闘技などでは、試合を予定されていた選手が突然の出場取り止めになるケースが見受けられます。これらの理由は、練習で怪我をしたとか、家庭の問題で出場できなくなった、というケースだけではありません。情報が表に出てこないだけで、ウイルス感染症が見つかったから出場停止になった、また突然の引退を余儀なくされた、という事例もあるのをご存じですか?
プロ格闘技では、B型肝炎、C型肝炎、HIV、梅毒などの血液検査結果の提出が事前に義務づけられている団体があり、これらに引っかかると選手は出場できません。特に、肘での攻撃が認められているキックやムエタイはカットなどで出血のリスクが大きく、またオープンフィンガーグローブでの打撃が認められている総合格闘技なども、試合中に出血がみられます。血液を介して、ウイルスが感染するということは実際に起きていることであり、それを予防するために団体が感染症検査を導入しているのです。
しかし、全国にある格闘技団体すべてが採用しているというわけではなく、また外国人選手などが試合直前に来日した際、すべてデータが揃っているかどうかはわかりません。またウイルスに感染していたとして検査で陽性になるまでに約2か月を要します。本当は感染していても、感染から2か月未満であれば陰性として結果が出る、というわけですね。「うちの団体は検査をしてるから問題なし」とは言い切れない、ということになります。
【人として弱くなってしまう・・・】
リングでの出血に対してリングの血液を拭いてすぐに次の試合に行く光景、リングサイドでタオルで出血部を拭いて首にかける光景を見たことがある方も多いと思います。試合会場の控室でも血液のついたティッシュが一般のゴミ箱に無造作に投げ込まれていたり、試合後の出血した選手がウロウロしたりしています。
顔面パンチや肘が禁止のルールでも蹴りやアクシデントで出血が見られますし、アマチュア競技では出血への遭遇の機会が少ない分、血液感染症について正しい認識が広まっておらず、素手で血を拭いたりしています。
いづれにせよ、血液感染という視点から見た場合、「非常に危険な状況」と言わざるを得ません。格闘技の試合で出血する、させる、返り血を浴びる、という行為は、ウイルス感染と紙一重であることを認識しておいてほしいのです。
痛みに耐え、苦しみを乗り越えて、頑張って頑張って、その結果、肝炎になった、エイズになった、ではそれこそシャレになりません。強くなるために格闘技の門を叩いたのに、病気になって人として弱くなってしまったら、、、何のために苦しい練習しているのかわからないでしょう?
【アルコール消毒は効かない】
肝炎ウイルスは、非常に強くしぶといです。アルコール消毒???全く意味がありません。次亜塩素酸ナトリウム以外は効かないのです。これは医療の世界では常識ですが、一般的に認識されているとは言い難い状況です。さらにウイルスと細菌も全く違うものですが、それさえも混同されている方も多いようです。
感染症の問題は、一団体、一流派が取り組めば済む問題ではありません。いま、たくさんの格闘技興行や武道の大会が全国で開催されていますが、ある団体は検査が義務づけられているが、別の団体ではチェックが全くない、という状態ですから、試合や練習で選手が感染するリスクはゼロにはなりません。
感染症がある選手は試合に出れない、という決まりがある団体やイベントがある、ということは、実質プロとして格闘技をやるには「感染症がない、もしくは完治が証明されている」が必要です。格闘技・武道の選手は、できるだけ定期的に検査を受け、陽性であれば早期に治療する。また陰性であっても、感染しないように予防に取り組む必要があるのです。
【練習での血液感染】
それでは、練習での血液感染はどうでしょうか? 道場やジムは、いろいろな方が出入りする場所であり、練習生や門下生全員に血液検査を実施するわけにはいきません。仮に実施できたとしても、ウイルス感染症がある人間は、練習もする権利がないのか?という新たな問題が生まれてくることになります。感染症がある人も、感染症がない人も、感染が広まることなく共に練習できる環境をつくりあげていくしか現実は方法はないように思われます。
ミットやバッグ、砂袋、巻き藁等に付着したウイルスは、なかなか死にません。数カ月生きるという報告もあります。HBVなどは、乾燥した環境のほうが長生きしますから、「天日で干す」という伝統の技も使えません。血だらけのサンドバッグや砂袋は、昔の格闘技的にはカッコいいかも知れませんが、極めて危険なので十分に気を付けてください。格闘技・武道の実践者を危険にさらしていることになりますし、感染すれば当然のことながら社会的責任が問われます。
それでは、血液感染のリスクを小さくするにはどうしたらいいのでしょうか?格闘技医学会の安全委員会が発信した対策マニュアルをご覧ください。
【道場・ジム内の血液感染対策マニュアル】
練習中、出血がおきたら、、、
1.指導者に出血を報告、練習ストップ
2.出血者に対して適切な処置を行う
感染防止のグローブ(手袋)着用
↓
厚手の清潔ガーゼで圧迫止血・ガーゼ保護
↓
受傷部位の安静
↓
血液付着物は特定のビニール袋に入れ2重に密封
3.血液が人体にかかった場合
・流水で洗い流し消毒、感染が疑われる場合は必ず医療機関を受診
4.マットやグローブ、衣類にかかった場合
・大量のペーパータオルで拭き、付着物はビニール袋で2重に密封
・次亜塩素酸ナトリウムで消毒
・衣類は水で洗いハイターなどにつけ置きしてから洗濯
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練習中、出血が起きたら、まず指導者に出血を報告し、ただちに練習をストップします。もし出血者がウイルス感染者である場合、出血を放置して練習を続けると、どんどん拡がっていってしまう恐れがありますので、出血したら本人のためにも、相手のためにも、道場生のためにも、いったんストップして対応に当たりましょう。
素手素足を身上とするカラテ家であっても、他人の血液を素手で触るのは極めて危険ですから、感染防止のビニール製グローブを着用しましょう。傷の止血、処置は清潔なガーゼを厚めに使用してください。血液が付着したものはすべて、専用のビニール袋に入れ、2重にしてください。
人体に血液がかかった場合は流水で直ちに洗い流し、感染の恐れがある場合は医療機関を受診しましょう。マットやミット、バッグ、リングなど付着した血液は厚めのペーパータオルで拭き取り、次亜塩素酸ナトリウムで消毒しましょう。
道着、キックパンツ、Tシャツ、サポーター類などに付着した血液は、水で十分洗い流したあと、次亜塩素酸ナトリウム(ハイターなど)に浸け置きし、再度水で洗ってから洗濯します。めんどくさいからと、いきなり洗濯機に入れないように気をつけてください。
【肝炎、肝硬変と肝臓がん】
B型肝炎は、ワクチンがあります。予防接種をしておくと、感染が予防できます。現役選手はもちろん、セコンド、レフリー、リングドクターなど、格闘技の関係者は、予防接種を受けておくのもおすすめの方法です。
C型肝炎は、ワクチンはまだ実用化されていません。C型肝炎の恐ろしいところは、感染に気が付かないと慢性肝炎を起こしやすいことです。C型肝炎を放置しておくと「肝硬変」や「肝細胞がん(肝臓がん)」に移行する可能性があります。肝臓がんで死亡した人の7~8割がC型肝炎から進行した人です。C型肝炎ウイルスに感染してから、肝硬変や肝臓がんになるまでに約20~30年かかると言われていますが、早くから治療を行えば、肝硬変や肝臓がんを抑えることも可能です。
今は、インターフェロンがかなりの効果を上げていますので、C型肝炎でも、早期発見できれば治る病気になりました。問題は、感染しても自覚症状が少ないため、自分が感染していることに気づかない人が多いことです。日本のHCV感染者数は約200万、世界では1億7千万(世界人口の3%近く)がキャリアであると見られています。こればかりは、血液検査でチェックするしかないのです。
【血液感染ゼロに向けて】
格闘技・武道の選手は、ただでさえ普段の猛稽古で体力が落ち、免疫力も低下しています。その中で、できる予防策を実行し、感染リスクを遠ざけることが、パフォーマンスの維持・向上や安心につながります。怖い話も記しましたが、人と密接に接する格闘技や武道では、血液感染のリスクはどうしてもついて回ります。それに蓋をして見ない選択はできない時代、逆に「格闘技や武道だからこそ、予防も感染対策もスポーツ界の最先端を走ってる」、そういう風にしませんか?
選手、指導者、審判、大会運営、組織運営、報道など、それぞれ立場は違っても、正しい知識とノウハウを共有し、協調しながらできることを実践していく。流派や考えが違っても、全体として同じ方向で進んでいくべきテーマだと考えています。
「格闘技・武道の試合や道場・ジムが血液感染の温床であってはならない」
我々、格闘技医学会はそのように考えます。微力ながら、実践者が少しでも安心して格闘技・武道に取り組めるよう感染症対策および情報発信に積極的に取り組んで参ります。 (スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会 医師 二重作 拓也)
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