格闘技の運動学 ~視機能と運動3 中心視、周辺視~
【中心視と周辺視、2つのシステム】
視覚情報を脳に伝え、運動のスタートとなる「眼」。眼の構造上、2つのシステムが機能しています。視線上とその周囲の狭いエリアを視るのを中心視(中心視で見える範囲を中心視野)、視線上とその周囲のエリアを外れた広い範囲を視るのを周辺視(周辺視で見える範囲を周辺視野)と呼びますが、それぞれに特色があります。
中心視は、色や形を識別するのが得意な部分であり、例えば相手の顔をマジマジと見つめる、虫眼鏡や顕微鏡を使って一点を凝視する、細かい手作業を行う際に対象を捉える、といった場合に威力を発揮します。中心視は、じっくり細かいものを視るのに適したシステムなのです。
これに対し、周辺視というのは対象物をしっかり見るのではなく、周りを全体的にぼやっと見て、動きや位置を識別するのに適したシステムです。星空全体を眺めたり、自然景色をみたり、電車が近づいてくるのを確認したり、という作業は周辺視の得意技。格闘技や武道においても、視野の外から飛び込んでくる相手の攻撃や、相手の素早い動きを捉えるには、周辺視が非常に適しています。
試合で、このような経験はありませんか?
「右ローキックがヒットし、相手がガクッとなるくらい効いたのがわかった。その瞬間、蹴った部分ばかり見てカウンターのハイキックをもらってしまった。」
「ボディーへのパンチを打ったら相手が効いたので、腹ばかり見てしまい上段膝蹴りでKOされた。」
「グローブ着用で相手の顔面にパンチがヒットし、倒そうとするあまり、それ以降は相手の顔面以外全く見えなくなってしまった。」
これらの状態の時、周辺視が上手く使えず、中心視の割合が増えてしまっている可能性があります。負けパターンに陥っているときは、相手の一部しか見えていない、相手しか眼中にない、というケースが非常に多いのです。試合の際、相手の顔を見ながらも全体を見ている選手は、周辺視で相手を捉えるため、カウンターやいろんな方向からくる技や相手の予想外の動きに対応しやすいのですが、中心視で一点しか見てない選手というのは、動きを捉えにくい分、相手の攻撃を貰うリスクも大きくなります。
【フォーカスとアングルの切り替え】
試合に勝った時の記憶をたどると、不思議と全体が見えていたことに気がつきます。相手はもちろん、相手のセコンド陣や大会関係席の様子、審判の動き、客席の様子まで覚えていることもしばしばです。これは、周辺視を使っての視覚情報の入力が上手く行っている証拠です。視野が広くなっている。このような時は、頭も冷静ですし、試合の流れがつかめていたり、戦いの局面にしっかり対応できています。感覚入力しながら同時に出力している状態ですね。
冷静でない状態を、「我を見失った」と表現することがあるように、熱くなってしまうと極端に視野が狭くなり近視眼的になってしまうのが人間です。ちなみに、負け試合でセコンドの声がほとんど聞こえなかった、というのもいわゆるいっぱいいっぱいの状態になってしまい、音声情報入力をシャットアウトしてしまって起こる現象です。情報入力のチャネルを全開にしながら、運動(出力)をすると感じながら動く状態になり不思議と疲れません。しかしながら、入力を一切遮断したまま出力だけしようとすると、すぐにスタミナを使い切って疲れて果ててしまいます。 入れながら出すのか、入れずに出すのか、で、苦しさが変わってくるから不思議です。
私の所属するチームでは、セコンドと選手の打ち合わせとして選手が熱くなって視点が一点に集まり出すと、手をパンと叩いて音を出す合図をしてフォーカスを切り替えるように決めています。それで、相手の一部を見ていたところをカメラのアングルを切り替えるように、パーンと全体にフォーカスをチェンジする。マルチアングル化するわけです。さらに、試合でガンガン打ち合って視界が狭くなったときに、「目線」とか「視界」とかそういう言葉をつかった指示をセコンドが伝え、選手は切り替えを行うように準備しておきます。
そうすると、「ああ、ここ空いてた」、「相手の動きが見える」という方向に傾きます。真正面からだと堅く見えたガードも、少し角度を変えてみると空いてるところが見えたりします。また、見えてる打撃は、もらってもKOにつながりにくい。倒されるときはたいてい、「見えていない打撃」です。フォーカスの切り替えで、自分の負けパターンに陥りそうになったときや、突破口が見いだせなかったとき、倒されそうな場面などからの脱出のきっかけをつくることができます。
【相手の目線をコントロール】
相手の眼の動きを観察してみましょう。2人組になって、人差し指でポイントをつくり、相手にはその一点に視点を合わせてもらいます。指を遠くから近づけたとき左右の目は中央に寄りますね。この動きを、内転といいます。次に、指を近くから遠くに離すパターンでは、眼は外側に離れる動きをします。これを外転といいます。
対象物が近づいたときに両目が内転する反応を、輻輳反射(ふくそうはんしゃ)といいますが、遠い距離から一気に飛び込むと、相手選手の輻輳反射を引き出すことができます。この時、真ん中は見えやすくなりますが、外側は見えづらくなりますから、外からのハイキックやフックなどの攻撃のヒット率が高くなります。
逆に、接近戦の距離から急に離れると、相手の眼は外転します。外側が見えやすくなりますので、急には離れた場合は前蹴りやボディーストレートなどのまっすぐ系統の技がヒットしやすくなります。
技の選択やコンビネーションの組み立てにおいて、「それが出しやすいから」「得意パターンだから」という理由で構成してしまっている選手は少なくありません。一方で、一流選手は「相手にとって対応しづらい選択や組み立て」を行います。相手の眼がどのように動くか、死角がどこに生じるか、しっかり観察してみるとそこに勝利へのヒントが見つかるでしょう。
(続く)
格闘技医学 第2版
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