スポーツ安全指導推進機構/格闘技医学会

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「障がい者スポーツ」の「障がい者」が外され、真の「スポーツ」となるために。 樋口 幸治氏インタビュー

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・スポーツ経験と内臓への影響とは?

・パラスポーツは正解の無い世界

・スポーツ障害が及ぼす心の傷

 ・ジュニアスポーツの主役は誰?

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子供のカラテで目覚めた魂

 

 ーーーパラスポーツを中心に様々なスポーツ指導されている樋口さんが、これまでにご自身がプレイヤーとして経験された競技歴を教えて頂けますでしょうか。

樋口:競技歴は、学生時代に、陸上競技をマスターズ世代からフルコンタクトカラテを始め、数年前から、ブラジリアン柔術にも取り組む様になりました。学生時代の陸上競技は、「要領よく、試合でそこそこの成績をあげられないか」と常に考えていました。そのため成績は「そこそこ」でした(笑)

 フルコンタクトカラテは、子どもの小学校入学を機会に「礼儀正しく、身体も強く」と考え、自宅近くにできた道場に見学に行きました。その時、「お父さんも入会するなら、やる」との子どもの一言がきっかけでした。しかし、その魅力に取り憑かれ、試合にも定期的に出場し、二段を取得できました。

  また、数年前から、職場での健康増進にブラジリアン柔術のサークル活動を開始し、マスターズクラスでの試合出場など、好成績を得られ、最近、茶帯に昇帯しました。また、このサークルには、車いす視覚障害、切断など様々な障害の方も参加しています。

ーーーお子さんのために始めたカラテで二段になられて大会にも!そして柔術にも挑戦されているんですね。

樋口:そうなんです。しかし、その道は、悪循環の繰り返しでした。フルコンタクトカラテの大きな大会を目前に、突然、腰の激痛・左足の痺れ・脱力で歩けなくなり、腰椎椎間板ヘルニアと診断されました。幸いに手術には至りませんでしたが、1ヶ月ほど通常歩行ができない状態で、大会を断念し、その後も、怪我を繰り返す悪循環に陥ってしまいました。

 それでも、試合を目指して、いわゆる「根性と努力」で、稽古を行えるまでに回復しましたが、今度は、突然の急激な血圧上昇、めまい、倦怠感を自覚し、慌てて、内科を受診したんです。腎機能が低下し、専門医の治療を受ける一歩手前の状況でした。この状態が決定打で、打撃系格闘技は、試合で勝つことから指導者へと目標を変えざるを得ませんでした。この様になり、ようやく自分の無謀さに気づきました。

ーーーなるほど、ご自身の格闘技経験、そして怪我や内科的疾患のご経験を経て、指導の道に至るのですね。パラスポーツとの関わりはどのような経緯だったのですか?

樋口:パラスポーツとの関わりは、大学のゼミで学んでいたスポーツ医科学がきっかけでした。そのゼミの先生のアドバイスで、障害者スポーツセンターに通うようになり、障害者スポーツ医科学のエビデンスに基づく実践指導と研究を続けています。

 その実践は、パラリンピックを目指す選手のコンディショニングから運動やスポーツを通した健康づくりまで幅広く行っています。指導では、パラスポーツ全般を視野に入れ、高度な競技力を持つパラアスリートの強化やコンディショニング指導から地域でのスポーツ活動に取り組みました。パラスポーツは、2021年に東京パラリンピックパラリンピックが開催される予定ですので、多くの皆様に人間の能力の高さと素晴らしさを感じて欲しいと思います。


ーーーパラスポーツでも複数の種目に関わってこられたのですね。格闘技のほうの指導も並行しながら、でしょうか?

樋口:そうですね。格闘技での指導は、パラスポーツと並行して、フルコンタクトカラテを一般の子ども~大人まで、10年ほど指導しました。カラテ指導では、加盟していた流派や他流派の大きな大会で上位入賞を果たす選手やプロのリングで戦う選手の育成に関わることができました。その半面、格闘技の現場に多くの課題があることを痛感しました。

 現在は、自由参加のトレーニングクラスを開催し、参加している選手の目的や希望に合わせて、身体づくりや動きの改善、怪我のリハビリを行っています(コロナ状況下で、予防のため休講ですが・・・)。基本的には、自分の現状を把握できるようにシンプルな動きを使うことを心がけています。しかし、「押忍」の世界は、なかなか現状を表出してくれませんので、可能な限り一緒に身体を動かし、現状の疲労感や動きの特性を言葉に出し、参加選手の現状の表出を促しています。

 

パラ柔術確立への挑戦

 

―――なるほど、パラスポーツ指導、格闘技指導、リハビリ等多岐に渡る関わり方をされているのですね。


樋口:2年ほど前から、パラ柔術の指導にも挑戦しています。昨年(2019年)、スポーツ柔術連盟・全日本大会で、第一回パラ柔術全日本大会が開催され、当倶楽部の選手も参加し、好成績を収めました。

 パラ柔術の指導では、対象者の障害を事前に把握します。例えば、車いすを使用する脊髄損傷の選手は、損傷部以下の運動や感覚神経に麻痺があり、怪我をしても気づきません。そのために、危険を回避するため、滑りやすい柔らかいマットを準備します。このように障害特性に合わせた環境整備を行った上で、基本的な身体機能を確認し、できる動きを探す作業を行います。

 この作業は、毎回、試行錯誤を繰り返し、「これで良い」ということはなく、不安はありますが、不安があるから、調べ、学んでいます。また、参加者全員が、知識と経験を持ち寄って、形にしていく作業ができる環境でもあります。この分野の指導は、近隣の道場やセミナーなどにも参加しながら、また、積極的に情報公開し、選手や支援者を増やすことも指導の一環として実践しています。


―――不安があるから、調べ、学ぶ。いわゆる共通の正解がないだけに、チームでの試行錯誤なのですね。樋口さんがいままでスポーツに携わってきた中で、嬉しかった出来事はありますか?

 

樋口:障害が重いクラスの車いす100m選手のサポートが特に印象に残っていますね。障害特性を調べ、レース用車いすを改造し、数人の専門家の意見を取り入れてフォームを構築し、本人と議論しながらトレーニング方法をコツコツと作り上げ・・・そんな手探りの連続でした。その成果が、アジア・日本記録更新に繋がったときは、サポートスタッフ全員で、スタンディングオベーションをしました。

 

ーーー凄い!新記録を出されたんですね!

 

樋口:そうなんです。記録を出した選手はもちろんですが、スタッフが一丸となって、その記録を作り上げたことに、言葉では表しようのない幸せを感じました。

 格闘技では、子ども、大人、それぞれ成長や向上の速度は違うので、その過程で、それぞれの特徴を考えながら、時には、従来のセオリーを外れたトレーニングを試行してみました。その結果、大会で、ほとんど怪我も無く、表彰台に立つ選手を定期的に出せたことが嬉しかったです。

 また、パラ柔術では、「たくさんの人とスパーしてみたい」「全日本大会なんてできないかな~」など、選手たちの希望があったんですが、2019年に日本初のパラ柔術大会が開催され、「一本!」が出た瞬間に「すごい!」と会場から大きな拍手をいただき、それにこたえる選手の姿に感動しました。

 

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―――樋口さんの指導経験をお伺いしていると、選手自身のハードシップを共に乗り越える姿勢を感じます。ここまでフルコンタクトカラテ、柔術、パラスポーツ、パラ柔術と、いろんなスタンスで関わられてきて、指導体系の変遷というか、ターニングポイントのようなものはございましたか?


樋口:指導理念に繋がるようなターニングポイントは、数回ありました。

最初のターニングポイントは、大学の研究室から、パラスポーツの現場に出た時です。理論と実践のギャップを感じ、現場の経験が、私自身の視野の拡大に繋がりました。


 2つ目のポイントは、病院付属の研究所に派遣されて、医療〜福祉の現場を経験した時に、自分の考えの固さに気づかされ、生活に活かせる研究と指導が必要なことを痛感しました。20年以上前では、医療も福祉も模索状態で、スポーツ医科学より、経験則が全盛期の時代で、力不足を感じていました。

 

 3つ目のポイントは、格闘技で怪我を繰り返していた時に、格闘技医学に巡り合った時です。医学的根拠を現場で、ダイレクトに選手に還元する。しかも、リハビリから強化まで、選手と共に、実践する!これは、衝撃でした。

 

 ターニングポイントは、幸いにも関わる方々からの進む方向のアドバイスだと思っています。スポーツ安全指導推進機構の活動から、スポーツや格闘技の変革が起き、4つ目のターニングポイントが来ているとワクワクしています。

 

スポーツで障害を負った方々の気持ち

ーーー指導の在り方が経験と知識によって変化してきたんですね!スポーツは人の能力を開花させる素晴らしい身体文化であり、精神文化だと思うのですが、大変残念なことに、スポーツによる事故で命を失ったり、可能性が損なわれたり、という事例もまだまだあります。樋口さんのご視点からで構いません、実際、スポーツで障害を抱えた方やご家族はどんな想いで日常を過ごされているのでしょうか?

樋口:怪我をした本人は、受傷した状況によって障害受容が異なるようです。練習や試合など、様々な場面がありますが、多くがまずネガティブな心因反応を引き起こします。そこから治療やリハビリで「できる経験」をすることで徐々にポジティブに変化していきます。回復や改善と共に、心理状態も上向きになるような印象です。

 とはいえ、回復の可能性が低い損傷の場合は、「元の様に動きたい」と願われる方が多いようです。できること/できないことのバランスに加えて、痛みなどの合併症から、ポジティブとネガティブの心理状態がブランコの様にバランスを変えているような印象を受けます。例えば、リハビリの場面では、明るく積極的に見える方でも、「夜は、いろいろ考え、思い出すことが多く、眠剤をこっそりためて、一気に呑んでしまおうと思った」、つまりは(自ら人生を終わらせたいという考えがよぎった)というお話を伺ったこともあり、1日のうちでもかなり大きく変化しているようです。

 

―――そうでしたか・・・。精神的に元気に見える方でも、そこまで追い詰められてしまうんですね・・・。

 

樋口:ご家族は、やはり自責の念にかられる方が多いような印象を受けます。「なぜ、受傷してしまったのか?」「どうして防げなかったのか?」など、その心の傷は、大きく、深いものだと感じています。治療が進み、リハが始まる頃から、ご本人の回復を見ることで、ポジティブ要因に変化し、より一層のサポートに努めるご家族が多いと思います。例えば、パラスポーツも、そのきっかけのひとつになります。とはいえ、漠然とした将来への不安は簡単に消えないと思いますが・・・。

 

ジュニア不在の英才教育?


ーーーご本人の無念さはもちろん、スポーツ事故の犠牲者でもあるご家族が自責の念に駆られる、というお話は胸が痛みます。現場の指導者、医療者、そしてあらゆるスポーツ関係者は、そのような想いをされている方々の存在を忘れてはならないように思います。現在、ジュニアスポーツの行き過ぎた大会主義、結果主義が問題になっていますが、これについてはどのようにお考えですか?

樋口:フルコンタクトカラテの指導では、ジュニア大会にも帯同していましたが、多くの大会で、子どもよりも大人のほうが俄然盛り上がっていたのが印象的です。もちろん良い成績を得て、喜んでいる子どももいることは事実です。しかし、大会の主人公は、子どもではありませんでした。子どもは、ゴールデンエイジと呼ばれる時期を含め、身体の発育・発達過程は、はっきり示され、どの時期に、何をすべきか明確にされています。個人差を吟味して丁寧に指導できれば、成人を迎えて、素晴らしい選手に育つのではないしょうか。

 現状では、「英才教育」という言葉のもとに、早い時期から、競技に向かわせ、身も心も削っている子どもが多いと思います。場合によっては、子どもたちが、日常生活に支障をきたす状態を一生背負っていかなければならないことも起こっています。
 一人ひとりの心身の発達を指導者や大人が、ゆっくり待ち、子どもたちの発想と可能性を引き出せる環境を整備することが必要と考えています。大人の環境で、子ども同士が、削り合う大会主義は、改善しなければならないのではないでしょうか?


ーーー「大会の主人公は、子どもではありませんでした。」この言葉はとても重く感じました。やはり本人だけでなく家族の考えが強く影響することを考えれば、正しい知識の啓蒙は指導者と生徒だけでなく、そのご家族にも必要であると感じました。安全面含め、まだまだ問題が山積している現状ですが、樋口さんのような意識の高い指導者が現場にいらっしゃるのは希望だと思います。ぜひ今後のビジョンをお知らせください。


樋口:私が目指している理想は、いたってシンプルで、「障がい者スポーツ」の「障がい者」が外され、「スポーツ」になること、そして、大人から子どもまで「だれでも安全に楽しめるスポーツ・格闘技」へと進むことです。そのためにも、スポーツや格闘技による事故や障害を未然に防ぐための活動を浸透させることが役割になればと考えています。

ーーーこれからのスポーツ界にとって意義深いお話をありがとうございました。これからの現場の景色を多くのアスリートにお伝えください。

樋口:スポーツ安全推進機構での提言や活動が、スポーツ・格闘技関係者に認識され、だれでも知っていること、だれでも実践している「常識」へとなり、その結果、アスリートの皆さん全てが、安心して自分の能力を発揮できる環境「ライフ・ファースト」になると考えています。そして、アスリートの皆さんは、心から「スポーツは最高!」と言える環境に期待してください。この様な素晴らしい機会をありがとうございます。理念を大切にしっかりと実践していきます。

 

 

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